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香港映画『憂鬱之島』の憂鬱

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日に焼けたB6サイズの180ページほどのパンフレットがある。白い表紙には無機質な『他們如何反對托派 石中英先生的反面教材』というタイトルと「國際出版社印行」の発行元の文字だけが印字された、なんの味気もない表紙。

日本語にすると「彼らはどのようにトロツキストに反対しているのか 石中英先生の反面教材」というタイトル。

1997年の香港返還の際に、中国共産党による焚書から防衛する意味もあって香港トロツキストから預かった雑誌や書籍の中に紛れ込んでいた一冊。本棚にずっと埋もれて、背表紙にはタイトルすら書かれていない、本当に味もそっけもない作りのパンフレットを、まさか20年以上も経ってから手に取るとは思いもしなかった。

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2022年8月、コロナの隔離開けでフラフラのなか、上映終了日の直前に滑り込んだ都内の映画館。話題の映画『時代革命』と二本立てで上映されたセミドキュメント『憂鬱之島』を観たときのこと。思った以上にガラガラだな、と思いながら、『時代革命』以上に引き込まれたことを憶えている。

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『時代革命』のほうは、その後にattacのイベントでも取り上げたのだが、この『憂鬱之島』のほうは戦後香港と中国の歴史を踏まえたマニアックな内容でもあり、さらに後述するように思想的な前置きというか、うんちくというかが長くなりそうで、ずっと放置していた。DVDが発売されるというのですぐに予約。発売されたらそれとセットでこの映画に登場するある人物にまつわるエピソードを取り上げたマニアな研究会でもすればいいかと思っていたが、そのDVDがなぜか急に発売無期限延期となったこともあり、『憂鬱之島』に関しては、どうしたものかと、未だに考えあぐねている。

とはいえ、香港の状況もどんどんと厳しくなる中、時間のあるうちに『憂鬱之島』にまつわる些末な事柄を記しておいた方がいいだろう。少なくともその端緒は記しておいたほうがいいだろう。なにせ20年以上も放置してきた宿題の一つが、まさかこんな風に突き付けられるとは思ってもみなかったのだから。

本作は、文革・中国から香港に逃れてきた若者夫妻、当時の香港で文革暴動に参加した少年、89年天安門事件の際に香港で支援に立ち上がった学生、2014年雨傘運動、そして2019年の反送中運動という中国・香港の激動を、当事者と再現映像などをつかって再構成した内容。再現フィルムと現実の登場人物、そして何度も歴史をさかのぼって表現される映像手法ということも影響して、歴史や政治的文脈が分からないとかなり複雑難解に感じるだろう。

映画の内容はそのうちDVDが発売されることに期待もせず期待するとして、たぶん日本では僕をふくめ数人しか関心をもたないであろう事柄について記しておく政治的義務はある。

それは、この映画で実際以上にキーパーソンとなっている感じのある、香港の文革67暴動に関わったとされて(爆弾闘争で1000人以上が死傷した)逮捕・勾留された当時16歳だった石中英氏について。

『憂鬱之島』を観た人は、2019年の闘争に参加して弾圧を気にする青年に対して、かつて67年暴動に参加して逮捕されたときの気持ちを吐露する初老の男性が登場していたことを憶えているだろう。彼が石中英氏だ。

劇中では「楊宇傑」と名乗っていたので、その時は分からなかったのだが、文革派でその後に政治運動から離れビジネス界に転向したが、文革当時の仲間の名誉回復などの活動には律義に顔を出しているという感じでの描かれ方。それだけなら、まあそういう人もいるだろう、ということで終わったのだが、過激派議員・梁國雄(旧革命的マルクス主義者同盟=革馬盟のメンバーで現在は社会民主連線の議員で国安法違反の容疑で起訴され2年以上拘留されている)との意味深なワンシーンが印象に残り、「はて、何者?」という印象があった。

帰宅後に日本語版のパンフレットをみると出演者のなかに一人だけ写真がなく、ただ文字だけで「レイモンド・ヤン/楊宇傑(71歳)、本名=セッ・チョンイェン/石中英」と記され、「16歳の時、イギリス植民地下で共産主義寄りの文芸誌を配布したことで、投獄された。現在は引退したビジネスマンだが、若き日の純真な心を悔やんでいる」という説明。

「石中英?!もしや!」と感じたのは、冒頭に紹介したパンフレット『他們如何反對托派 石中英先生的反面教材』がさっと浮かんだからだ。

色褪せたパンフレット『他們如何反對托派 石中英先生的反面教材』の一ページ目にある「出版説明」にはこう記されている。

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出版說明
在香港低能的反托合唱隊中,石中英先生起了男高音的作用,但他們唱的是史大林時代來的老調,毫無新腔,只不過把「托派──漢奸」的公式,翻作「托派──蘇修」罷了。
為了公平起見,我們把石中英先生的原文和我們的反駁印在一起,讓認真了解中國革命問題和托派思想的讀者能明白真情實況,並作出一定的評斷。
也許這是非常有益的,我們感謝石中英先生,他提供了最好的反面材料。
(香港のレベルの低い反トロツキスト合唱隊において、石中英先生は男性テノールの役割を担っている。しかし彼らが合唱しているのはスターリン時代の古い調べに過ぎず、まったく目新しいものはない。ただ「トロツキスト──漢奸(裏切り者)」の公式を「トロツキスト──ソ連修正主義者」に作り替えているだけである。
公平を期するために、われわれは中国革命問題とトロツキー派の思想を真剣に理解しようとする読者に真相を明らかにし、評価してもらうために、石中英先生の原文と我々の反論を一緒に収録した。
これは極めて有益かもしれない。我々は石英中先生が最良の反面材料を提供してくれたことに感謝する。)

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『憂鬱之島』における石英中氏の登場についての批判は、中国で文革に積極的に参加し、その後香港に移住して中国派雑誌『七十年代』などに積極的に投稿して名を馳せ、80年代に入って『七十年代』創刊者の李怡らがリベラル右派に転向した流れのなかで、脱文革の劇作家として著名になっていったという顔純鈎さんによる「石中英に乗っ取られた『憂鬱之島』を鑑賞した感想」(https://2newcenturynet.blogspot.com/2022/10/blog-post_197.html)があるが、それは石中英氏の露出が異様に多すぎること、石氏一人が香港の文革問題を代弁する形になっていること、そして石氏が『憂鬱之島』に財政面を含めどれほどの支援をしたのかという疑問を呈する内容であり、僕の関心事項である「他們如何反對托派 石中英先生的反面教材」にはまったく触れられていない(当たり前か)。

顔純鈎は石氏が『憂鬱之島』で過度に露出したことで、若い活動家の間では全く知られることのなかった石氏が、この映画によって「時代を代表する人物になってしまった」と苦言を呈している。顔氏による批判はその通りだろう。だが、僅か16歳で「煽動的な文章を配布した」として18ケ月の実刑判決を受けた石氏が出獄後の数年後の1974年に、香港の親中派労働組合「工聯会」や親中派新聞に書いた一連の反トロツキスト文章やそれに対する香港老トロツキストたちの反論は、確かにその「時代を代表する」ものであり、将来に再利用されるべき歴史的遺産として引き継がれるべきものだろうと考えている。

さらに先取りしていえば、この石中英氏は香港返還後の香港左派・リベラル派に対する中国共産党の巧みな統一戦線(取り込み)のキーパンソンの一人ではないか、という懸念さえある。

・・・予想通りマニアな前置きが長くなりそうなので、石氏の一連の文章とその反論を掲載したパンフ「他們如何反對托派 石中英先生的反面教材」の目次と、石氏の文章のごくごく一部を記して、今日のところはいったん終わりにしておこう。

『他們如何反對托派 石中英先生的反面教材』(國際出版社印行)
(彼らはどのようにトロツキストに反対しているのか 石中英先生の反面教材)


目錄

第一部分:石中英先生等的反面教材/石中英先生らの反面教材
 且剝一剝托派分子之皮(石中英)/トロツキー分子の化けの皮を剥がす
 托派祖宗:托洛茨基(學史)/トロツキー派の教組:トロツキー
 托派分子舉的是甚麼?(石中英)/トロツキー派分子が掲げるのは何か
 「答托洛茨基派的信」學習札記(石中英)/「トロツキー派に答える手紙」学習雑記
 托派對中國革命的破壞(石中英)/トロツキー派による中国革命の破壊

第二部分:我們的答覆/我々の回答
 香港毛派的是甚麼角色?(石英中)/香港マオ派の役割とは何か
 我們的聲明(『十月評論』社論)/我々の声明
 十月革命的真相──答石中英先生(泰山石)/十月革命の深層──石中英先生に答える
 甚麼叫「不斷革命論」(焚火)/「永続革命論」とは何か
 史大林為何刺殺托洛茨基?(惠可)/スターリンは何故トロツキーを暗殺したのか
 托派・毛派・歷史真相──揭破毛派的造謠誣衊(向青)/トロツキー派・マオ派・歴史の真相──マオ派の捏造誣告を論破する
 反對官僚主義與無產階級專政(焚火)/官僚主義反対とプロレタリア独裁
 毛澤東與無產階級專政(焚火)/毛沢東とプロレタリア独裁
 從中共的歷史發展證驗托派致魯迅的信(一丁)中国共産党の歴史発展からトロツキー派に宛てた魯迅の手紙を検証する

續編目錄/続編の目次
 讓謊言與歷史事實對照(軍行)/デタラメと歴史の事実を照合する
 甚麼是無產階級專政的政治內容(史驪)/プロレタリア独裁の政治的内容とは何か
 評石中英的奇談怪論(張開)/石中英の奇談怪論
 學習一點布爾雪維克的歷史(許人)ボリシェビキの歴史を垣間見る


「且剝一剝托派分子之皮(トロツキー分子の化けの皮を剥がす)」(石中英)より冒頭の抜粋。

トロツキー分子の化けの皮を剥がす(石中英、1974年7月22日)

一、我慢ならぬ

もう我慢ならぬ。

我慢ならぬ。あいつらが「最も革命的」という仮面をつけて、マルクス・レーニンの衣装をまといながら、薄汚い仕事に従事していることに。

我慢ならぬ。あいつらが「労働者の利益に一番寄り添う」「青年運動を最も支持している」などと吹聴しながら、労働者や学生の利益を敵に売り渡していることに。

我慢ならぬ。会場いっぱいにマルクスの肖像や赤旗を掲げ、インターナショナルを流し、口をつけば「プロレタリア」と繰り返すのに、プロレタリア革命の大業の裏切り者であるトロツキーを「現代の革命における唯一正しい指導者」などと祭り上げ、人々を騙して自らの旗のもとに結集させていることに。

我慢ならぬ。ごく少数のトロツキスト分子がこの小さな島(香港)で嘘でたらめを繰り返し、労働者と学生をだまして敵に売り渡していることに、本当に我慢ならぬ。

二、「十月」について

(以下略)


たぶん・・・続くかな。

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