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SDGsは「大衆のアヘン」である!──グリーン・ウォッシュとマルクス・ウォッシュ

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きのうやっと斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』を購入。

まだ「はじめに:SDGsは『大衆のアヘン』である!」と「おわりに」しか読んでませんが、しっかりと「SDGsはグリーン・ウォッシュ」と宣言されているのでたいへん感心しました。

内容もグローバル・サウスのことなど含めこれまでattacやクライメートジャスティス運動が言ってきたこととかなり重なります。もちろんエコ社会主義の立場なので、さらにいろいろ書いてますけど。「おわりに」では、「資本主義が地球を壊しているという意味では、今の時代を『人新世』ではなく『資本新世』と呼ぶのが正しいのかもしれない」と正しく指摘もしています。

けさ(9/29)の日経朝刊で「サウジから『脱炭素』燃料」というまさにグリーン・ウォッシュな記事を読んだので、これは何か言っておかないと、とおもってるのですが、時間がないので文字入力はできそうにないので、手抜きの音源データでつぶやくことにします。興味のある方、ご一報ください。

↓こんな感じで話そうかと考えています。ほとんど引用になりそうですけど。

・「サウジから『脱炭素』燃料」というグリーン・ウォッシュの記事──日経2020/9/29朝刊13面
・よくそんなことがいえたものだ!グレタさんもグリーン・ウォッシュに警鐘──マレーナ・エルンマン他『グレタ たったひとりのストライキ』
・SDGsは『大衆のアヘン』である!──斎藤幸平『人新世の「資本論」』
・斎藤さん、それって「マルクス・ウォッシュ」では?──斎藤幸平『人新世の「資本論」』『大洪水の前に』
・マルクスは緑の天使でも、生産力主義の悪魔でもない──ダニエル・ベンサイド『マルクス[取扱説明書]』
・マルクス・エンゲルスとエコロジーに関する第三の立場──ミシェル・レヴィ『エコロジー社会主義』

前半のグリーン・ウォッシュについては、これまでもattacこうとうのブログでも何度かちょこっと触れています。
よくそんなことが言えたものだ~気候人民戦線に反対する(2020/03/09)
粉飾会計のデリバディブに組成されるダイベストメント(2019/01/17)
ダイベストメントと「生涯現役」社会: System Changと怠ける権利(2018/09/05)
2%と2℃ 異次元緩和と気候変動(2018/04/11)
今日までのあらゆる気候変動の歴史は、階級闘争の歴史である(2018/04/10)
「経済成長に貢献する気候変動対策」ってどうなんですか?(2018/01/24)
日経新聞「生産性考」と夢物語、またはユートピアだより(2017/11/28)
豊洲市場問題とエコ社会主義(のさわり)(2017/03/23)
これでCO2排出が減るの?--「東京新聞」元旦の記事を読んで(2016/01/03)
ツンドラブック、ナオミ・クライン、気候変動(2016/11/28)
どの面下げて「天然ガス発電所を東京湾に誘致する」なんて言えるのか?(2011/06/01)

後半の「マルクス・ウォッシュ」については、今年のはじめに知人に送ったメールの一部を掲載しておきますので、ご参考まで。

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2020/1/21

・・・いま『大洪水の前に』のエンゲルス批判のところ(最後のところ)読んでますが、ちょっと言い過ぎじゃない?という感じがしてます。スターリンの生産力史観の責任が、まるでエンゲルスの所為だと読み取られかねない感じにとれるのです。

エンゲルスの「自然の弁証法」からスターリンに一直線だ、というかつての(西側エコロジストの)論調を一度は論破してているのですが、よくよく読むと、新たに発見されたマルクスのノートには「物質代謝」の問題から「自由の王国」への展望があるが、エンゲルスは「自然の復讐」と「自然を支配する」という展望にとどまっている、さらにエンゲルスはそのマルクスの自然環境問題に関するノート(エンゲルスとの違いがある)の存在を知っていたにもかかわらず、(マルクス死後も)わざとそれに触れずに、マルクスが自分と同じ考え(自然の復讐論に止まる)であったとしたことで、その後の、スターリンの「ソ連共産党小教程」に顕著な、弁証法をむりやり自然環境に当てはめて、自然を支配しようとする生産力史観を押し付けた責任があるかのように資料を駆使して説明しています。

斎藤氏がもちだすエンゲルスの「自然弁証法」はそれこそ未完成のノートなので、それをもってエンゲルスの考え、というふうにいうのもどうか。またマルクスとエンゲルスの興味関心の違いを強調しますが、それは役割分担であったのだとおもいますし、それをもって後年のスターリニズムの唯物史観教条主義をエンゲルスの所為にするのは、ちょっと行き過ぎでしょう。

まさに「不幸なエンゲルス!」(トロツキー)です。

(マルクスに帰れという場合には、あわせて)『トロツキー研究』のエンゲルス特集のなかで言われている「エンゲルスはスターリニズムに責任があるのではなく、その犠牲者である」(大意)というスタンスが必要です。

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