FC2ブログ

香港:組織化のときだ──中国の異論派運動の経験と教訓から(流傘/LAUSAN)

国家安全維持法下の香港における今後の運動の戦略を論じた小論。在外香港人の左翼ネットワークのプラットフォーム『流傘LAUSAN』のサイトから。(N)

香港:組織化のときだ──中国の異論派運動の経験と教訓から
堅忍不抜の組織建設こそ、活力ある運動の発展の礎

Summer
2020年7月18日


原文
https://lausan.hk/2020/its-time-to-organize-lessons-learned-from-dissent-in-mainland-china-chinese/

北京当局はこれまでずっと、香港は西側勢力が中国に浸透し、言論の自由と結社自由などの危険思想で中国人民を「腐食」させる拠点になっていると懸念してきた。確かに、香港人は歴史的にも、中国人民による末路に喘ぐ国家資本主義への抵抗や労働者や少数民族や社会的マイノリティの権利を無視する政権に対する抗議を支持してきた。これこそ北京政府が香港の運動に注目する理由である。政府高官がこの運動を弾圧しようとするのは、運動が中国国内に広がれば、抑圧され不安の中に置かれている中国民衆のあいだから異議の声が起こることを知っているからである。

最近[全人代を]通過した「香港国家安全維持法」は、政治的異論派を処罰することができる法律で、香港の運動を終わらせようとする北京当局の決意を示している。この法律の通貨は香港の運動が不確実性に満ちた新しい段階に入ったことをあらわしているが、過去十数年の中国における政治的言説の変遷を探求することで、中国共産党の動きを理解する手助けとなり、より一層の対抗的な闘争戦術を見出すことができるかもしれない。

現在の中国国内の民意はファナティックなナショナリズムに主導されているが、ずっとそうだったわけではない。2010年代のはじめには市民社会が盛り上がり、集団的抗議もかくちでみられた。人権活動家で作家の劉暁波は長期的に監禁されており[09年6月に拘束され、その年の12月に11年の実刑判決、10年1月に獄中でノーベル平和賞受賞、17年6月にがんで保釈、翌7月死去]、2011年に民主を呼びかけたジャスミン革命運動が鎮圧されてはいたが、中国の市民社会は進行中の自由化への希望を抱いていた。

この時期、急進的行動主義も活発に沸き起こっていた。2010年には広東省のホンダ工場の2000名の労働者が19日にわたるストライキを打ち、賃上げと労働組合の自治を要求した。2011年には著名な作家の韓寒が『革命を論ず』『民主を論ず』『自由を論ず』の三作を発表し広く広がり、中国人民がさらに多くの市民的自由を望んでいることが示された。2013年にはリベラル派の週刊紙『南方週末』が「中国の夢、憲政の夢」という新年の賀詞を掲載しようとして、新たに「当選」した習近平国家主席が[党の国家支配ではなく]憲政法治を推進することを期待した。2011年から2015年までの自由化の時期に、フェミニズムや労働者の抗議行動、その他の反差別運動などがあちこちで展開され、国際的にも注目された。

この自由化の時期に、中国の進歩派は中国共産党に対する直接的な攻撃ではなく、パフォーマンス的な抗議戦術を通じて政治課題に取り組むことができるのではないかと考えた。例えば2011年には広州の市民が頭を丸刈りにすることで役所が「都市の美化」を口実に予算を無駄に使っていることを告発するパフォーマンスを実施した。2012年のバレンタインデーにはフェミニズム団体がドメスティック・ヴァイオレンス問題に焦点を当てるために公共空間で血糊のべったり着いたウェディングドレスを着たパフォーマンスを行い国際社会の注目を集めた。同じ年、彼女たちは大学入試での女性差別に抗議するために頭を丸刈りにするパフォーマンスをおこなった。

習近平が権力に就いてから[2012年11月に党総書記、13年3月に国家主席に就任]、すべてが変わった。中国における自由化は正式にピリオドをうった。2013年に習近平が就任演説を発表してから、『南方週末』の「中国の夢、憲政の夢」は党宣伝部によって「夢を追う」に書き換えられ、憲政への希望は抹殺された。新浪ウェイボー[中国のSNS]──アクティヴィストが社会テーマを議論するために利用してきた──は、リベラリストの避難場所から娯楽至上主義やナショナリズムが支配する空間にかわった。北京当局はDV問題に抗議してきたフェミニストや香港のNGOとつながりのある労働アクティビストらを逮捕した。逮捕された労働アクティヴィストらは、香港から大金を受け取って活動して社会不安を煽ったという自白を強要された。

習近平の就任後、中国各地の山猫ストは徐々に減っていった。2012年には広東省の一部の労働組合では組合代表の直接選挙の実施が確信をもって語られていた。しかし自由化の時期が終わるとともに、国家は労働者の行動を厳しく弾圧し、アクティヴィストを逮捕することで見せしめとした。これによって労働者の抵抗も減っていった。

これらの社会運動は習近平の時代に深刻な弾圧を受けたが、それによって敗北したとは言えない。逆に大衆的な参加、動員、組織の欠如ゆえに、国家は相対的に容易に市民の抵抗を取り除くことができたのである。習近平以前の時代に広く取り入れられていたパフォーマンス的な抗議戦術は、メディアの関心を引きはしたが、少数のアクティヴィストだけが参加したので、大衆のあいだに持続した団結を効果的につくることはできなかった。

労働運動は活動家が大衆を動員できるもうひとつのチャンスであった。労働者はすでに非人道的な労働条件のなかで、もがき始めていた。労働運動活動家はこの状況を活用し、労働者の自発的な山猫ストに支援を提供したが(きっかけの多くは職場での事故だった)、組織的で強靭な労働者の基盤をつくることには気を留めなかった。その結果、異論派の労働者を国家が弾圧し始めると、そういった労働運動は崩壊することになった。2013年の広州の学園都市の清掃労働者のストライキがその事例といえる。運動の初期には大学生やフェミニスト、市民社会のアクティヴィストから大きな支持を受けたが、その後の労働者の力を維持するための取り組みは最終的に敗北した。ストライキが終結して数か月後には、スト参加者への報復が行われ、組織化の成果は潰えた。

われわれは2018年のJASIC(佳士)事件の背後にいたマオイストの活動家らの敗北から、中国における労働運動の組織化の欠点を知ることができるだろう。中国各地で自発的に発生していたストライキとは違って、佳士ストライキは十数年来の急進的な組織化活動のピークであった。レーニンの革命党理論の指導下、闘争と労働者階級による革命の展望を鼓舞するために、佳士ストライキの組織者は工場のなかに入っていった。労働者の組織化の経験はなく、職場における毛沢東思想の宣伝のほかは、いかに労働者を鼓舞するのかを理解していなかった。さらにマズいことに、習近平政権が発足してからは労働運動に弾圧が行われるようになった。このような背景のなかで、労働運動の再起のために、これらのアクティビストは佳士工場に入って、ストライキの組織化をはじめた。だがあまり多くの労働者を動員することはできず、報復が始まった時には弱さが露呈し、十数年来のマオイストの学生と活動家のネットワークをも暴露されてしまった。これはわれわれに、持続し、有効的な労働者組織の建設、闘争的な組織手法の開発、労働者の生活経験に根差した我々の戦術の調整が必要であるというヒントを与えている。

組織性なき自発的なストライキやパフォーマンス的な抗議は存在価値があった。だがわれわれはそれがラディカルな運動の基盤となると勘違いしてはならない。逆にわれわれは、現場を組織し、闘争を鼓舞し、団結を実践し、力強い大衆的基盤を打ち立てなければならない。こうしてはじめて組織は長期間のテストに合格し、運動が休眠を余儀なくされたときでも抵抗のためのプラットフォームを提供することができる。

中国の山猫ストやパフォーマンス抗議と香港の2019年の反送中運動とは似ているところがある。中国国内の多くの行動と同じく香港のプロテスターは中国共産党による異論派弾圧の歴史を理解しているので、リーダーが弾圧対象になることを心配して、中心のない、リーダーのいない運動という行動方法をとった。行動も自発性を尊重し、一部のアクティヴィストだけが集まったプラットフォームの存在を許さなかった。

北京は「国家安全法」を香港に押し付けようとするだろうが、香港の運動は中国でのラディカルな運動が被った弾圧の運命を回避することは可能である。実際、これまでの一年間、われわれは香港人の忍耐強い一層の取り組みが始まりつつあることを知っている。大衆組織と労働組合の結成の新たなブームと、運動の必要から積極的に協力を求める各種コミュニティがつぎつぎに登場している。これは言うまでもなく正しい方向であるが、国際メディアの報道が減少した後、香港の運動が成功するのかどうかは、運動団体の不屈の粘りにかかっていると言える。

香港で「国家安全法」が発効した今、プロテスターたちは次のことを知らなければならない。香港の運命と中国人民の運命は密接に関係している。これこそわれわれが香港と中国の団結を発展させるだけでなく、より強固で持続したものにしなければならないのかという理由である。ただこれのみが、われわれが国家の抑圧に対して長期的抵抗を続けるための希望なのである。

20200804attac_koto.jpg
スポンサーサイト



Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する