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マイク・デイヴィス著『マルクス 古き神々と新しき謎──失われた革命の理論を求めて』

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ひさびさの更新。

1時間ほど空き時間ができたので書店に。7・16の日経新聞朝刊の一面広告に載ってたマイク・デイヴィス著『マルクス 古き神々と新しき謎──失われた革命の理論を求めて』(明石書店、3200円)を買いました。なぜラグクラフトの小説や雑誌『ムー』を想起させるタイトルや表紙デザインの本を買ったのかというと、マイク・デイヴィスだから。

マイク・デイヴィスのことは名前だけは聞いたことはあったのですが、コロナ感染が拡大し始めたころ旧トロツキー研究所の森田成也さんがACADEMIAというウェブ上の論文掲載サイトでマイク・デイヴィスの「これは最後の闘争だ」(Mike Davis' "C'est La Lutte Finale")を翻訳掲載したのを読んで、面白いなおともったので覚えていました(論文はこちらからダウンロードできます。

で、『マルクス 古き神々と新しき謎──失われた革命の理論を求めて』ですが、明石書店のサイトの著者紹介によると、

「1946年カリフォルニア州フォンタナ生まれ。精肉工場の工員やトラック運転手、SDSの活動家といった経歴の持ち主。リード大学で歴史学を学んだあとUCLAに進むが学位をとっていなかったために教職につかない時代を長く過ごした。南カリフォルニア大学建築学部とカリフォルニア大学アーヴァイン校歴史学部を経て現在はカリフォルニア大学リバーサイド校クリエイティブ・ライティング学部の名誉教授。『ニューレフト・リビュー』誌の編集委員でもある。」(以下略)

という面白い経歴。

明石書店のサイトにには目次や邦訳解説の一部が掲載されています。

第一章から第三章までの内容は上記掲載の目次や解説でわかります。

第一章は「古き神々」であるマルクスらの理論が現在直面する課題できわめて不十分であること、とりわけ労働者階級のかなりの部分を不安定労働者が占めるいま、階級(革命)主体としてどう戦略をたてるのか、ということに焦点を当てているようです(未読)。

第二章は階級とナショナリズムの現代的問題(っぽい)。

第三章は「クロポトキンが、自然的な気候変動(つまり今問題になっている産業革命以降の資本主義によるものでなく)が人間の歴史を大きく動かしてきたと示した最初の科学者だったということ」、「19世紀においては教養ある人々の見解は、人間の活動、とりわけ森林の乱伐と工業による汚染が、農業や、あるいは人間の存在そのものさえも脅かしかねない形で気候を変動させつつあるという考えを広く受け入れていた」ことなどが述べられているようです。

つまり人間が気候や自然に影響を与えることは理解していたが、気候変動が人間の生活に影響を与えてきたことはクロポトキンが初めて科学的に調べたということかな。(これも面白そう)

残念ながら通読する時間はあまりとれなさそうですが、帰りの電車でさっと序章をよんだところ、案の定面白かったです。

『マンスリーレヴュー』誌の編集者ということで、序章からエコロジー社会主義者のジョン・ベラミー・フォスター(同誌編集委員)やミッシェル・レヴィ(マイケル・レービと訳されてますが)やフランスの批判的マルクス主義のダニエル・ベンサイドの名前も序章からでてきてます。アメリカのマルクス主義の文脈でいろいろな人が出てくるのでマニアな内容で、ぼくも知らない人がたくさん出てきます(汗;)

なにが面白かったのかというと、ちょっと長いですが引用します。

「19世紀が終わるまでにはこの流れ(信仰の希薄化と産業社会の世俗化)は逆転し、政治的カトリシズムが、萌芽的なキリスト教的民主主義から(ドイツのカトリック正統)〈中央党〉、そしてファシズムへと向かう連続体に沿って、ヨーロッパの大部分で社会主義/共産主義との競争相手になり、1910年代~20年代、そして1950年代~70年代には左翼の選挙投票者の大多数にとって大きな障碍となった。ほとんど第二の反宗教改革ともいえるこの驚くべきカトリック信仰の復活は、過度なマリア崇拝の広まりと、プロレタリアの母親たちに対する教会の積極的な訴えかけに多くを負っている(そしてそれ以上にプロレタリアの父親たちによる家父長的支配にも:引用者)。マルクスとエンゲルスが決して異議申し立てをすることのなかった、労働運動の家父長的性格が、作用している力を見えなくした。親譲りで傑出した革命家となった三人の娘を含めて、強く、ラジカルな女性たちが大勢いた一家だったにもかかわらずマルクスは決してpater familias〔家長〕として揺らぐことはなく、彼の名前が組み入れられた運動も、バーバラ・テイラーやその他の人々が指摘してきたように、多数の空想的社会主義党派が、目覚ましいフェミニズム運動から現実に退行を示したのである。実際、フローラ・トリスタンからクララ・ツェトキンまでのあいだ、女性は誰一人として、どんな労働ないしは社会主義組織の中でも指導権を主張できなかったのだ。」(18~19頁)

ね、面白そうでしょう。久々にフローラ・トリスタンの名前を目にしたので、ちょっと紹介してみました。

余談:女性のコミュニストといえば、ラリサ・ライスナーもいるのですが、こちらはとんと目にすることがない。何年か前に彼女の著書『ヨーロッパ革命の前線から』(平凡社)を読んで腰が抜けそうになったことを思い出します。
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