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中国民主化運動における労働運動の役割:區龍宇

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香港職工会聯盟HKCTUのwebセミナー「抗極權,砍頭也不回頭」(全体主義に抵抗し、首を取られても、それを差し出しはしない)の続きです。

(前回)李旺陽先生を追悼する
(今回)中国民主化運動における労働運動の役割:區龍宇(『台頭する中国』著者)
(次回)香港社会と経済に浸透する中国の全体主義:鄒幸彤(香港市民愛国民主支援連合会副代表)
(次回)立ち上がる香港の新しい労働組合惟——施安娜(ドラゴン航空客室乗務員労働組合)、小薇(建築労働組合)、Alex(ホテル労働組合)

第一部:中国民主化運動における労働運動──區龍宇さん

きょうは李旺陽さんの命日です。いちばん良い追悼の方法は中国の民主化運動について振り返ってみることでしょう。

89年民主化運動が学生運動だけでなく、労働運動でもあったという人が増えています。とはいえそのような意見は周辺化させられています。その理由の一つは労働者への弾圧がひどすぎたからです。

当時、全国各地で工人自治連合会という組織が登場しました。なぜ「自治」なのでしょうか。いま香港でも「自治」が話題になっています。あの頃に戻って話を始めましょう。

1979年の改革開放以降、中国派多くの専門家団をユーゴスラビアに派遣して労働者自治制度を視察させました。ご存じのように、労働者自主管理(workers’ self management)は、工場長を労働者が選挙で選び、罷免することもできます。職員代表大会は企業経営に対して相当に権限を持ちました。当時、共産党はたくさんの視察団を派遣し、中国もそれから学ぶべきだと提言した報告書もありました。しかし政府がそれを採用するかどうかはまた別の話でした。

その後しばらくして、ポーランドに連帯労組が登場しました。その内容についてはここでは繰り返しません。しかしそれ以降、共産党は労働者自治を提起しなくなり、ユーゴスラビアモデルも導入しませんでした。労働者人民の政権といいますが、徹頭徹尾ウソっぱちです。真に受けたら騙されますよ。とはいえ80年代初めにはいろいろな議論がなされました。わたしは労働者自治も社会主義も必要だとおもいますが、ユーゴの労働者自治に関する議論とその後の89年民主化運動で「工人自治」が提起されたことに関連があるのかどうか、これはもう少し調べてみないと分かりません。

89年に話を戻しましょう。私が覚えているのは、あるグループでの議論です。学生たちが立ち上がったが、次は何か、ということでした。世界的にみてもまず学生が立ち上がるのは普通でした。そのあと全国規模でストライキが広がった。特に当時の経済の中心だった上海がその後の労働運動の高揚の基盤になりました。当時、労働者の動員は難しいという意見もありましたが、わたしはそうは思いませんでした。4月27日に学生が立ち上がり、その後まもなくして労働者が加わった。しかも相当な数です。街頭にはたくさんの大字報(壁新聞)が登場しました。当時香港のキリスト教工業員会が出版した『工人起来了』(労働者が立ち上がった)のほかに、『中国民運原資料』もおすすめします。多くの一次資料は私たちにとって大変参考になります。

労働者が書いたあるチラシでは、抽象的に民主主義を語っても仕方ない、言うなら財産がどのように分配されるのかを語るべきだと書いてありました。いまの共産党政権は国有財産を私有化しました。去年の逃亡犯条例反対運動のなかで物質主義とポスト物質主義について提起する意見がありましたが、わたしはそういった議論には賛成しません。まもなく私の本が英語で出版されますが、そこで昨年の運動を扱った箇所でこの問題も論じています。もし学生らに孤軍奮闘させたくないのなら、労働者農民を動員しなければなりません。そのためには今日の言葉で言うところの「公正な分配」について語る必要があります。

当時の中国の学生たちはそうはしませんでした。逆に労働者の参加を敬遠しました。ですが200~300年の歴史を振り返っても、専制に勝利したいのであれば、学生だけでは勝てません。労働者と農民の力が必要なのです。天安門事件の悲劇の予兆は5月にはありました。学生が労働者との共闘を望まなかったのです。1968年のフランスまで遡らなくても、前述のポーランドの連帯労組の経験をみても、学生運動と労働運動の結合がありました。もちろんすべての責任が学生にあるというわけではありません。一番非難されるべきはもちろん共産党です。ですが、労働者との団結を拒否したという欠点は指摘しておかなければなりません。

「鑑古知今」(昔は今の鏡)ということわざがありますね。それを少し変えて、「鑑中知港」(中国は香港の鏡)ということができると思います。もし過去30年の中国の民主化運動を理解しないなら、もし歴史の教訓を知ろうとしないなら、同じ過ちを繰り返すことになるかもしれません。わたしたちはもう少しは経験を総括する時間があるでしょう。デモの前線に参加する活動家が厳しい状況に置かれ、労働者のストライキに助けを求めている状況は、まだ香港には学ぶ力があるということです。

中国の労働運動はこの30年だけではなく、もっと昔からの経験があります。この数年、わたしは労働運動を研究していますが、いろいろと興味深いこともありますが、突っ込んだ議論が少ないとも感じています。労働運動に従事する活動家のなかには、労働運動にはステップがあるという人もいます。多くの場合、経済的要求からはじまり、運動が成熟(高揚)して政治闘争の段階に入る、という考えです。このような考え方は戦略的なものだとも言えますが、後進国には当てはまりませんでした。当てはまったのはヨーロッパやアメリカなど資本主義的工業化が300年ほど行われてきた地域で、そこでは長い時間をかけて労働運動が発展してきました。そういった労働運動の前身はイギリスの1642年の民主革命(ピューリタン革命)にさかのぼることができるかもしれません。そこでは民衆の政治(水平派やディガーズ)が登場しつつありました。これが労働運動の前身と言えるでしょう。百年以上の経済闘争ののち、やっと政党を結成して政治闘争をおこなったのです。しかし20世紀はそれまでの数百年の歩みを一気に凝縮した変化をもたらしました。とくに中国革命やロシア革命をみれば、極めて短期間の間に一気に政治闘争に発展したと言えます。

中国ではほぼすべての労働組合が政治闘争(反植民地闘争、抗日闘争など)から誕生しています。中国だけではありません。インドもそうです。多くの後進国でもそうでした。ですからこの数十年の間わたしは労働組合の友人たちにこう言ってきたのです。まず経済闘争で政治闘争はその次だというのは、必ずしも正しいとは限らないと。驚いたことに、去年の運動のなかで新しい労働組合運動が登場しました。人民の学習能力とはかくも素早いものです。とはいえ物質面での追求の闘いはやめてしまったのでしょうか? 2014年の雨傘運動でのある場面をいまでも思い出します。あのころはあちこちで小さな議論が盛んにおこなわれていました。金鐘オキュパイの現場では、あるおじさんが、家賃が高すぎる、生活できないと訴えていました。しかしそのような意見に対して、運動の変節を懸念したのか、自分たちはそのような物質的な要求ではなく、民主主義という価値観のために戦っているんだと答えたのです。

さきほど触れた物質主義とポスト物質主義という去年の論争は、もともと海外での議論がどうであれ、それが香港にもちこまれると物質主義の否定が正当化されてしまったのです。普通の人々や労働者にとっては分配の不公正という物質的問題に関心を持つのは当たり前のことです。もしわたしたちが民主化運動のなかで分配の公平性の追求を否定してしまったら、それは労働組合運動の否定にもつながるでしょう。労働組合や工党が自分たちの立場をはっきりとさせることができなければ、思想的に武装解除してしまうことにもなりかねません。

わたしは将来の中国と香港でさらに大きな民主化運動が登場することを疑っていません。もちろんそれはすぐに作り出そうと思ってもできるものではありません。わたしが心配しているのは、そういう運動が登場したときの私たち自身の準備ができているのかどうかということです。もちろん思想的な前提はすべて正しいとは限りません。まず組合(経済)、政治はその後、という思想が去年間違っていたことがその証拠です。過去100年の、とりわけ中国における教訓をくみ取ることができるでしょうか。その準備はできているでしょうか。これが私からの問題提起です。

司会:區龍宇さん、ありがとうございました。多くの仲間が労働運動を通じて政治に参加しようと努力しています。わたしたちは様々な教訓から学んでいますが、政府の脅威もまた一歩一歩迫っています。国家安全法などの法律だけでなく、コロナを利用して私たちの権利を抑圧しようというたくらみです。6月4日のろうそく集会が天安門事件後31年目ではじめて禁止されてしまいました。もちろん香港人はそのような弾圧に屈せず行動で抵抗の意志を示しました。いま香港に迫る中国の脅威について、鄒幸彤さんからお話しいただきます。

(つづく)
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