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「悔い改めよ」のポーズも早々に・・・

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(本文とはそれほど関係ありません)

懲りないというか、のど元過ぎればというか、危機管理最優先というか。この間の日経新聞のある傾向をみるにつけそう思う。パンデミック恐慌に対する総資本の「殊勝」な態度のことだ。

5月11日朝刊の「オピニオン」面には「尚早な経済再開、格差助長」というフィナンシャルタイムズのコラムニストの記事が掲載されていた。そこでは、コロナ危機によって経済格差がより鮮明となったこと、そして時期尚早の経済活動再開がその格差をさらに助長するだろう、という内容。すこし引用してみる。

「感染の可能性があるのは金融機関のエリートもビルの守衛も同じだ。もっとも米アマゾン・コムの従業員たちはそうは思わないだろう。感染リスクを恐れて声を上げたら解雇された仲間がいる一方、同社のジェフ・ベゾス最高経営者(CEO)は感染が広がる前に推計で14万9353ドル(約1580万円)と、国民年間所得の中間値の3倍に相当する額を1分間で稼いだからだ。」

「(富裕層は)人があまり密集していない地域に少人数の家族で住む傾向があり、在宅で働き続けられる可能性もはるかに高い。所得も健康もウイルスの影響からかなり守られている。」

「より貧しい地域に住んでいる人ほど命を落としやすい。仕事についても同様で、運輸、医療、配送、食品小売り、建設にかかわっている労働者は在宅勤務者より死亡率が高かった。」

「米経済には『基礎疾患』がある。労働人口の4分の1近くの3300万人余りには有給の病気休暇がない。接客や娯楽、旅行などの業界では医療保険に加入していない労働者が半数以上いる。」

「今や過半の州が外出規制を緩和しつつある……労働者が仕事に行くのを拒否すれば、現在の収入を受け取れなくなる恐れもある。ところが共和党上院トップのマコネル院内総務が次のコロナ対策として主張しているのは、従業員や顧客が感染しても事業主が法的責任を負わなくて済むようにする法案だ。」

こんな具合だ。事情はアメリカほどではないにしても日本にも当てはまるだろう。
とまれ、ここまで直截なオピニオンも最近ではよく見かけるなぁと感じる。

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そもそも、「総資本の殊勝な姿勢」を感じたのは、連休まえの4月27日の紙面を見た時のことだった。

4月27日の朝刊一面トップの大見出しは「配当より雇用維持を」「機関投資家が転換」といったように、空前の危機による大量解雇を前にして、「世界45か国以上の年金基金や運用会社からなる国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)は、従業員の解雇を避けるべきだとの企業向けの書簡を公開した」。

ICGNに加盟する団体の総運用額は54億ドル(5800兆円)。株式を通じて企業に大きな影響力を持つとされる。そのほかにも「企業に雇用維持や有給休暇の付与求める」(欧米307の年金など)、「従業員の福利厚生維持、配当・自社株買い停止」(米GAP社)、「生産停止の影響がある従業員に最低3か月の給与支給」(ネスレ)など、「悔い改めた」企業や機関投資家の政策が並ぶ。

この危機が、経済要因ではなくコロナという一過性の要因による一時的な不況であり、来年になればV字回復するだろう、という楽観的な考えというよりも、4月末時点で世界最強の資本主義国家が2500万人もの労働者を街頭に放り出したことによる階級的恐怖心が、そうさせたのではないか、と思っている。

日本でも首都東京、つまり日本でもっとも労働と格差が集中する地域において、(ファジーではあるにしても)生産と移動の制限という支配者にとっても近年では未知(異次元?)の領域におよぶ対策が、どのような反応を呼び起こすかわからないという状況下の報道。しかもその一か月前には、その東京を舞台にしたニッポン資本主義の復興のためのスポーツショーが延期に追い込まれるという、支配者にとっては大いに自信を喪失する出来事があったばかりだ。

その一方、リーマン危機の教訓から、大企業を救済するために躊躇することなく「できることはなんでもやる」(黒田日銀総裁)として、異次元のさらに上をいく金融緩和を世界一斉に実施することで、世論の怒りを先回りすることに、いまのところは成功している。

そういう事情も考慮してのことだろう。当面はこの「殊勝な態度」を押し出すというのが「ニッポン資本主義株式会社」の広報たる役割なのかもしれない。

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同じ4月27日の一面の隣の連載記事「コロナと世界」もそれを反映したものになっている。日銀のETF爆買いでおそらく莫大な配当を得てきたであろう「ニッポン資本主義株式会社」を代表する自社株主のひとり、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏のインタビューである。

ぞっとするが引用する。

日本政府はいま何をすべきか、という記者の問いに対してこう答えている。

「経済を殺さずに抜本的な対策をとることに尽きる。全国民を検査し、現実を把握して全国民への徹底検査だ。一番の役割は困窮者を全員救済すること。助ける基準をつくり早急に(現金を)支給する。後は自治体に任せるべきだ」

ほんの少しだけ「なるほど」と思わせた後はもうダメだ。

「今の論点は景気対策に終始している。だが産業振興とセットの経済対策でなければいけない。コロナ後を見据えて、どう資金を投じるか。困窮している人は救うべきだが、国から金をもらう習慣ができてはいけない」

国から金をもらう? 国の財政収入は、言ってしまえば自然と労働からの搾取にすぎない。金をもらうどころか、奪っているのはどっちだと言いたい。しかも収奪した金は労働者の生活や福祉にではなく、国債の発行などを通じて、柳井氏のような株主らに巨額の配当をもたらしてきた日銀によるETFの爆買いに使われている。

2013年4月の日銀異次元緩和から7年ものあいだ、国から金をもらう習慣にどっぷりつかってきたのはどこのどいつだ!と言いたい。

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この「コロナと世界」という連載記事、一週間ほど前には「人の倍働く」がモットーだった日本電産会長兼CEOの永守重信氏が登場している。

「どんなに経済が落ち込んでもリーマンの際は『会社のために働こう』と言い続けた。だが今回は自分と家族を守り、それから会社だと。従業員は12万人以上いる。人命についてこれほど真剣に考えたことはない」

前の危機の時とは違うんです、という前のリーマン危機の後にもよく見られたような反省の弁。

「コロナ終息後は全く違った景色になる。テレワークもどんどん取り入れる劇的な変化が起きる。東京都内の会社に勤める人が山梨県に仕事部屋のある広い家を建てるようなケースが増えるだろう。企業は通勤手当をなくす代わりに給与を上げるほか、サテライトオフィスを作るなど抜本的に環境を改善すべきだ」

労働者の持ち家政策を訴えたプルードンの影がちらつくのが痛い。

「利益を追求するだけでなく、自然と共存する考え方に変えるべきだ。地球温暖化がウイルス感染に影響を及ぼすとの説もある。自然に逆らう経営はいけない。今回は戒めになったはずだ。」

「50年、自分の手法がすべて正しいと思って経営してきた。だが今回、それは間違っていた。テレワークも信用していなかった。収益が一時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする……」

一瞬エコ社会主義の幻影がよぎったが、それはすぐに消え去る。先ほども言ったが、08年リーマンショックのあとにも同じようなことをいう経営者や学者が現れた。とりわけアメリカでは巨額の公的資金の投入で救済される大資本への怒りが渦巻き、オキュパイウォールストリートからアラブの春へと世界中に怒りが広がった。

しかしそれに続いたのは、1929大恐慌後のファシズム台頭に直面した老マルキストのこんな言葉のような事態だった。

「恐慌の破壊的な作用はついには貧困化した人類が新しく大量の商品を必要とするところまで達するにちがいない──現在は未だそこまでいっていないとしても。煙突から煙がのぼり、車輪が回転しはじめる。そして景気回復が十分進むと産業界は昏睡状態を振り払い、昨日の教訓を早々に忘れ去り、自己否定の理論をその著者もろとも軽蔑して投げ捨てるだろう」───民族主義と経済生活、トロツキー、1933年11月

今日(5月12日)の夕刊には、「NY州、15日に経済再開」、「トヨタ・ホンダ 北米生産再開」、「米テスラ、工場再開を強行」などの文字が躍る。悔い改めない貪欲なシステムの車輪が回転しはじめる…。

社会運動はまた10年前を繰り返すだけになるのだろうか。それとも、かつて世界を揺るがせた老マルキストの以下のような言霊に姿かたちを与え、支配階級をして戦慄せしめることができるだろうか。

「働き、思考する人類が(ファシスト的破壊に)遅れることなく自身の生産力の手綱を握り、その生産力を…世界規模で正しく組織すること…」
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