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區龍宇:大衆の潜在的能力を発揚し、ピープル・パワーを解き放て(2019年10月12日)

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「現在、運動が直面する困難性はつぎのとおりである。大部分の成人の黄色いリボン派と青年たちは、勇武派に同情はするものの、自分自身は衝突の現場には行かない。だが実際には、多くの人々がそのような状態に甘んじてはいたくないと思っている。カギは、いかにして大衆の巨大な潜在力を発揮させ、人民の本当の力を解放することができるのか、ということである。」

【解説】1111三罷ストと大学攻防戦の敗北、1124区議会選挙での圧勝の前に書かれたものだが、運動がボトルネック(袋小路)に陥り、長期戦の様相がはっきりしてきた中で、民衆の力を真に解放するにはどのような方法があるのかを示している。来日までに翻訳したかったが力不足。こちらも長期戦か(H)

大衆の潜在的能力を発揚し、ピープル・パワーを解き放て
區龍宇(労働運動研究者)


2019年10月12日 アップルデイリー(ウェブ版)
原文はこちら https://hk.appledaily.com/local/20191011/3ZGVSXNPVLWAEELZOUE2DPJFFU/

二か月前、わたしは次のように書いた。「香港の運動は二つの部分から構成されている。黄色いリボン[民主派市民:訳注]と急進的青年である。前者は後衛、後者はアクティブな前衛である。この両者が合流することで運動は上げ潮に向かうし、そうならなければ引き潮に向かうだろう。6月以降、それは徐々に合流しはじめた。8月には運動は一つのハードルを越えて、より多くの普通の市民も急進的青年らによる警察への実力的抵抗にシンパシーを感じるようになった。もし普通の市民までもが実際の実力的抵抗に参加することになれば、『支配者が従来通りの支配を続けることができなくなり、人民もそのような政府の支配に我慢できなくなる』という革命的情勢が訪れるだろう。しかし現在のところ、民衆がこのハードルを乗り越えようとする決心は見られない。代償が大きすぎるからだ。」

8月5日の政治ストは成功したが、北京はキャセイ・パシフィック航空の経営陣の一新に介入し、新たな経営陣が[反送中運動に参加する]職員を解雇してからは、運動はボトルネックに入った。香港の労働運動はそもそも脆弱であり、この攻撃に反撃することはいまのところできていない。普通の市民がどれだけ急進派青年にシンパシーを持っていたとしても、香港革命をなしとげたところでどうするのか、ということをいくらかは理解している。北京の暴龍によって一気に踏みつぶされて終わってしまうだけだろう、と。運動は拡大するだろうが、レベルアップはできないことが、ボトルネックに陥った理由である。覆面禁止法[10/5施行]はいたるところで市民の抵抗にあっているが、暴龍が後ろから支える林鄭月娥はいまだ支配権を手放すには至っていない。運動は長期の抵抗闘争に入ったといえる。では次は何をなすべきか。

現在、運動が直面する困難性はつぎのとおりである。本土派を自認する学生は4割程度、そのうち本当に武装して警察と対抗しようとするものは、ごく少数にとどまる。つまり大部分の成人の黄色いリボン派と青年たちは、勇武派に同情はするものの、自分自身は衝突の現場には行かず、平和的デモに参加するか「野次馬」になっているだけだ。だがこれは最大の浪費ではないだろうか? 実際には、多くの人々がそのような状態に甘んじてはいたくないと思っている。カギは、いかにして大衆の巨大な潜在力を発揮させ、人民の本当の力を解放することができるのか、ということである。

時代革命とはどのような革命なのか。それはほかでもなく民主革命であり、これまでの「独裁者に反対する」といった大雑把な主張にはならないだろう。200年前にはほとんどの国家は王制が支配していたが、今日ではその大部分が主権在民の代議制民主主義になっている――その真偽は相半ばではあるが。とはいえ、もし目標を真の民主主義におくとすれば、運動にも必然的に民主的な方法が求められる。つまり、現在のようなそれぞれがやりたいことをやるのではなく、大衆討議を経た力の結集や市民アッセンブリー(総会)を組織して、民主共同体を実現することである。民主革命の世界的スタンダードは、まさに人民による民主的会議であり、それは孫文や北伐[1925年に国民党が発動した革命戦争]でも実現できなかったことである。武装闘争こそが勇武的であるなどと勘違いしてはならない。ペンによる闘争も同じように重要である。そして今回の運動は民主化運動と呼ばれているにもかかわらず、当初から大衆的アッセンブリーと民主的討論を欠いていることもまた事実である。

◎民主的プラットフォームを建設し長期の抵抗闘争を準備しよう

あるいは「指導者はいらない!代理人は不要だ!」といった意見もある。いいだろう。だが、そうであればあるほど市民アッセンブリーが必要となる。フランスの黄色いベスト運動と反送中運動はたくさんの類似点がある。リーダーや代理人に対する拒否、政治家や政党に対する不信、大衆の自発性の強調、中央集権ではなく対等な連合関係等々である。しかし黄色いベスト運動には「アッセンブリー」(総会)というものがある。燃料税の値上げに抗議する地域住民の直接行動が始まり、毎週土曜日に抗議行動が取り組まれ、道路を封鎖する。これらの取り組みを最も効果的に行うため、行動の調整から始まり、それが住民総会での討議を経た決定に発展した。運動がさらに全国に波及すると、さらに調整が必要となった。こうして全国的な「総会の総会」(Assembly of Assembly)が必要性から誕生した。最初の「総会の総会」は今(2019)年1月末に開かれ、75の地域総会から300名の代表が参加した。どのように代表を選出するのかは、それぞれの地域で異なるが、それは各コミュニティーにゆだねられた。なかには抽選で当選して参加した代表もいたほどだ。今年6月には三回目の「総会の総会」が開かれている。

心ある黄色いリボン派は、年齢に制限を設けずに、香港の全18区で党派を超えた市民アッセンブリーの設置を提起し、宣伝や扇動、住民の自衛、コミュニティーの民主主義の強化などを組織的に行うべきだろう。そして住民がそのような大衆的討議に慣れ親しんだら、それを香港全土をまたいだ市民アッセンブリーに発展させよう。その時、香港人の民主共同体は、「臨時政府宣言」のような紙切れではなく[10月5日の午前0時の覆面禁止法施行直前にデモ参加者の一部によって読み上げられた]、住民の血肉となっているだろう。華人は民主的な生活習慣に欠けることもあり、いきなり市民アッセンブリーを提起することは容易ではないかもしれない。そうであるならば、まず最初に民主後援会を組織し、実際の活動のなかから民主主義的習慣を身につけることも可能だろう。

なかにはこのような主張に対して、「それこそメイン・ステージ(指導部)による指令にほかならないではないか」という意見もあるかもしれない。だがそれは誤解だ。運動内部の独裁(官僚主義)には警戒するあまり、なんでもかんでも「メイン・ステージ」のせいにするのはお門違いというものだ。たとえば雨傘運動の期間中、学聯が旺角でおこなった街頭討論でさえも、「メイン・ステージの企み」として妨害されたことがある。18区の市民アッセンブリーは独裁的なメイン・ステージではなく、民主的なプラットフォームである。もし代議制民主主義では満足できないというのなら、最も民主的な方法、つまり直接民主主義によって、民意代表をいつでもリコールできるようにすることで、代表の固定化やそれに伴う代表の裏切りを防止することもできるだろう。

あるいは、市民アッセンブリーは、近くの火事を遠くから水を引いて消そうとする行為かもしれない。確かに、一番いいのはゼネストや蜂起など、インスタント麺のようにすぐに食べることができる方法がいいのかもしれない。運動が高揚し、革命の嵐のさなかであれば、そういった感情も理解できなくはない。しかし運動が長期の抵抗闘争に入ったと考えれば、いま必要なのは辛抱強く、民主教育と組織化を進めて、[いつの日にか]サイレント・マジョリティーの力を発揮させることこそ必要である。まさか、民主主義はインスタント麺と同じなどとは思ってはいないだろう?

(了)
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