写真はムキンポさんの忍者ブログから勝手に拝借。ゴメンなさい!
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香港区議会選挙の結果と展望
今日、11月25日は、容疑者送還条例に反対する103万の市民がデモをした6月9日の運動開始から170日目にあたる日です。昨日の区議会選挙における民主派の圧倒的勝利にもあるように記念すべき日です。
現地時間の午後四時から、当選した区議らの呼びかけで、理工大学の近くにある百周年公園での集会が呼びかけられています。理工大学から出ることができない仲間を解放するために呼び掛けられた集会です。
現地がどうなっているのか、リアルタイムで情報が終えていないのでわかりませんが、そのような行動と時を同じくして、わたしたちもここでアピールを行っているので、意義のあることではないかと思います。
区議会選挙の結果ですが、18の区議会の452議席を小選挙区制で選ぶ選挙です。一つの選挙区にだいたい1万7000人の住民が割り振られており、そのなかで有権者登録をした人が投票できるというシステムで、今回の区議会選挙では約413万人が有権者登録をしています。
今回の投票率は史上最高の70.1%、つまり有権者登録をした413万人のうち294万人が投票したということです。452の民選定数のうち、民主派の獲得議席は8割を超えました。
前回は民主派は3割程度、体制派が7割だったのでまさに逆転です。すべての議会で、体制派から議席を奪い、多数を確保しています。
18区議会のうち、17区議会で民主派の議席が過半数を超えたと言われています。唯一、体制派の議席が過半数を超えたといわれる離島部区議会ですが、じつはこちらも民選議員では民主派が勝利しています。
離島部区議会の定数18のうち、8議席は「当然議員」という兼任ポストを割り当てられた定数です。八つある離島にはそれぞれ郷事委員会という村議会があり、8村議会の議長8人が自動的に離島部区議会の議席を兼任するという制度です。
それを除く離島部区議会の民選定数10のうち民主派が7議席獲得し、体制派は3議席しか確保できませんでした。その3議席と当然議員8議席をあわせた11議席が体制派とカウントされるので、離島部区議会だけが体制派過半数と言われているだけです。つまり18ある区議会のすべてで民主派が勝利したのです。
ちなみに離島部だけでなく新界地区にある各区議会選挙区にも複数の郷事委員会があるので、「当然議員」も郷事委員会の数だけ存在しています。葵青(1)、北(4)西貢(2)、沙田1、大埔(2)、荃灣(2)、屯門(1)、元朗(6)、離島(8)の合計27の郷事委員会(今年3月に選挙実施)の議長(郷事委員の互選)が「当然議員」として、452人の民選議員あわせて479人が18区議会の議員を構成しています。「当然議員」は植民地制度の名残ともいえますが、有権者人口の少ない郷(村)からも上位議会に議員を出せるということでは意味のないことではないですが、往々にして地域ボスが郷事委員会の議長に就任するなどの弊害もあります。
民主派は各地で圧勝しています。[11/27追加]
当選した候補者では、これまで103万人や200万人+1人という巨大なデモを呼びかけてきた民間人権陣線という運動プラットフォームの呼びかけ人の岑子傑(ジミー・シャム)さんが沙田(サーティン)区議会に立候補して当選。ジミーさんは10月16日に正体不明の男らにハンマーで襲撃され大けがを負った方です。レインボーパレードなども主催し、LGBTの権利なども訴えてきた青年です。
荃灣(チュンワン)区議会から立候補していた25歳の岑敖暉(レスター・シャム)さんも高得票で当選しました。彼は雨傘運動のとき中文大学学生会の会長、学聯副代表として運動を最前線で担い、旺角オキュパイ弾圧の際に逮捕されるなど活躍しました。今回、雨傘運動の最後に残したメッセージ「WE’LL BE BACK」のように運動のなかに戻ってきました。
油麻地(ヨウマティ)、尖沙咀(チムサーツォイ)、旺角(モンコク)という九龍の繁華街のど真ん中の油尖旺区議会(定数20)はこれまで体制派の牙城でしたが(15年選挙では体制派16議席)、雨傘運動などにも参加したアクティヴィストら5人でつくる政策プラットフォーム「社區前進Community March」を結成して立候補。全員が当選しました。油尖旺区議会全体では民主派が17議席獲得し、こちらも完全逆転しました。
このように区議会選挙での目覚ましい民主派の進撃は、その直前の中文大学と理工大学における学生市民らの果敢な闘争にもかかわらず被った巨大な弾圧による一種の敗北感を吹き飛ばす効果があったといえます。
ですが、このまま進撃が続くかどうかは分かりませんし、克服すべき問題もあります。というのも、イギリスと中国の返還協議が終わった1985年になってやっと全面的な民選制度を導入した区議会は、97年の返還後も一国二制度によって引き継がれていますが、五大要求の残りの四つの要求を実現するための法的な権限は何もありません。
区議会の役割は、地域住民の生活や公衆衛生などに関する行政サービスについて調査したり政府に建議することに限定されており、法律を制定したり予算審議の権限はありません。
また香港全土で実施される選挙としては一番小さな単位の小選挙区制度(一選挙区で一人だけ当選)なので、今回のようなイエスかノーの民意を図るバロメーター、住民投票的な役割があるとも言われていますが、小選挙区制度の批判として、死票たたくさん出ることもまた事実。今回のケースでいえば、体制派に投票した41%、120万票のうち、議席(59議席)として結びついたのは約16万票余りで、体制派票の8割以上が議席に結びつきませんでした。
つまり小選挙区制のマジックによって、民主派の地滑り的な大勝利になったのであり、五大要求実現の世論はまだいくつもの課題を克服しなければならないということです。
香港の「国会」にあたる立法会には区議会枠の議席が6つあります。1議席は区議の互選で選ばれ、5議席はいずれの「職能別選挙」の投票権を持たないすべての有権者が選挙人リストの全区比例代表制で投票して選ぶ形式です。現在の勢いで行けば、来年9月までに行われる予定の立法会選挙で民主派がこの区議会枠の多くを獲得できる可能性もあります。
しかし「五大要求」の一つである「普通選挙の実現」とは、立法会の議席(定数70)における区議会枠を含む職能別選挙枠(定数35)を廃止して、70議席すべてを普通選挙で選出するという訴えですので、素直に喜べませんし、この点を議論すれば運動上の矛盾がでてくるでしょう。
運動が始まってから170日目。すでに逮捕者は5000人近くに達し、暴動罪で逮捕・起訴された人も1000人近くに達しています。理工大学ではいまだ警察の包囲網から脱出できずに苦しんでいる学生・市民もいます。多くの血も流されました。そして本当の相手はさらに強大な中国共産党です。まだまだ困難なたたかいは続くでしょう。
しかし、普通選挙権を求める世界の歴史を振り返ると、その道は決して平たんではありませんでした。ピューリタン革命のレヴェラーズやディガーズの昔から自己決定権をめぐる戦いは、血と涙にまみれた幾たびもの敗北を経て今日に至っています。
日本では1889年明治憲法と翌年の制限選挙から、いわゆる大正デモクラシーを経て、1925年治安維持法と引き換えに25歳以上の男性のみという制限選挙でしたが、結局、天皇制軍国主義によるアジアへの侵略、凄惨な沖縄戦、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下による多大な犠牲の上に、20歳以上のすべての人の普通選挙権が実現しました。
しかし、戦後の普通選挙権の行使を含むさまざまな社会運動の粘り強い取り組みにもかかわらず、今も日本社会には不平等や不公平、差別や搾取が存在しています。香港の仲間たちの闘いに学びながら、香港で、中国で、日本で、そして世界で民主主義を実現し差別や搾取をなくすため、長期的な取り組みを続けていきましょう。
五大訴求 缺一不可!
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