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香港:政治ストライキに欠けるのは君の東風だけだ(區龍宇)

8月3日のアップル・デイリーに掲載された論稿。原文はこちら(有料記事)。タイトルの「東風」は、政治的な参加やその勢力を指す。毛沢東の「東風は西風を圧する」が有名。(訳者)

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政治ストライキに欠けるのは君の東風だけだ

區龍宇


ストライキは支配者が最も恐れるものだ。1981年にはポーランド政府が連帯労組を弾圧したが、そのときの労組指導者はこういった。「労働者を射殺することはできても、銃剣の脅しで労働者に仕事をさせることはできない。だがわれわれはサボタージュを続けることで政府を打倒することができるのだ」

だが政治ストライキは数十年に一度あるかないかである。経済ストライキは香港では数少ないがゼロではない。労働者の怒りが鬱積しており、弾圧への恐怖よりも抵抗の意志が強ければ経済ストライキを打つことはできる。しかし政治ストライキの場合、労働者の努力によって発生させることができるものではない。社会的矛盾が先鋭になっていなければ発生しないのである。

◎政治ストライキは情勢がつくりだす

だが現在の香港ではまさにそのような状況の入口にある。この二カ月のあいだ、市民は、香港が北京の傀儡政権と暴力団の手に陥った状況を目の当たりにしてきた。香港返還後の22年は中国政府による約束破棄の22年であった。現在、もし抵抗する青年たちを非難する者がいたとすれば、すぐに市民らの反撃に遭うだろう。これまで政治に無関心だった市民は、アリストテレスのいうところの「政治的動物」となった。

8月5日のストライキの成否を心配する声もある。なぜなら香港の労働運動はこれまでずっと脆弱だったからである。しかし、横暴かつ愚かな支配者によって政治ストライキのための情勢は出来上がっている。人々はその情勢にのってストを打てばよい。そこに欠けているのは君自身の東風[政治的参加]である。8月5日に立ち上がろう!

「8月5日のストライキはそれほど困難ではない。しかし政府にさらなる譲歩を迫ることはそう容易ではない」という意見もあろう。確かに容易ではない――もし、一回でそれを実現しようとすればである。これまでの世界の民主化運動の歴史をふりかえれば、民衆は幾度に渡るストライキを通じてそれを実現してきたことがわかる。

2010年末のチュニジアのジャスミン革命は、翌年の1月に独裁者ベンアリを辞任に追い込んだ。チュニジアの労働組合総連合は最初からこの運動に参加してきたが、何度にもわたる抗議とストライキによって、民主化運動の成功に向けた情勢をつくりだした。1月6日のストライキは特別なものになった。政府による弁護士への弾圧に対して、8000人もの弁護士(全国の9割にのぼる)がストライキを打った。翌日には教員らのストライキがそれに続いた。そして1月14日、ベンアリは辞任した。

たった一度の闘争で成功したケースは極めてまれである。8月5日の行動は、一連の闘争の最初のものとしてみることがふさわしい。それがどれだけ成功したかが重要ではなく、どれだけの動員を通じて抵抗の意志を鍛えることができたのかが重要なのである。

◎一気呵成を求めない

政治ストライキの典型のひとつが1968年のフランス5月革命である。当時「学生造反運動の父」と呼ばれたヘルベルト・マルクーゼは、工業社会は「一次元社会」であり、同化と統合を求めるあまり、人間の批判能力さえも消費主義に押しつぶされ、個人の自由は窒息させられ、思想や行為が画一化された社会になってしまうと述べている。そして労働者階級さえも体制に取り込まれてしまい、学生と周縁の人間だけが革命的な存在として残るとマルクーゼは予言した。その予言通り、3月から学生が果敢にドゴール政府に抵抗をはじめた。抵抗が続けられたが、5月に入り世論の支持が少ないと感じた学生たちは、工場に出向いて労働者に語りかはじめた。当初の反応は良くなかった。しかし学生たちはあきらめることなく継続し、その過程で労働者に話しかける術を学んだ。当初思っていたよりも労働者はそれほど保守的ではなかったのだ。ある学生によると「最初は簡単なことをゆっくりと話したのです。まるで外国人に話しかけるように。しかしそのうちに、彼らと私たちは同じ種類の言葉をつかっていることに気がついたのです」(参照)。5月14日と19日にはそれぞれ200万人が、そして22日には900万人がストライキに参加した。その後2年にわたる闘争の後、ドゴールは辞任したのである。

◎いかにして労働者を獲得するか

労働者を獲得するために、かつてのフランスの学生たちのように、労働者らと対話する術を学ぶことが必要だろう。連登[LIHKG:フォーラムサイト]では、ストライキの困難性を、仕事に没頭するのが労働者の一種の信仰だという意見があった。「奴隷根性が強すぎる!」というのである。だがこの「信仰論」は、信仰だけでなく、物質的基礎の分析、つまり生活の必要性の考慮を忘れている。「奴隷論」に関しては、労働者の抵抗の困難さを研究する社会学者は、制約的条件を指摘する。つまり権威への服従にならされしまっているというのである。だが「奴隷根性」はその他の行動規範と同じように、社会的条件がそれをつくりだしている。ゆえに社会的条件が変化すれば、それも変化する。現在の香港が正にそうである。古い香港は死に、新しい香港が誕生つつある。無数の人々が深く考え直している。青年たちよ、労働者のペースに合わせてはくれまいか。そしてオルグの技法を改善することで「彼らと私たちは同じ種類の言葉をつかっていることに気がつく」だろう。学生たちも生まれながらにして不正義への抗議を身に着けていた訳ではあるまい。すべては過程の中で身に着けてきたことである。すべては過程のなかにある。

参照
French Revolution 1968, Patrick Seale and Maureen McConville, Penguin Books, 1968, chapter 10. 中文版《法國1968革命》,南燦譯,信達出版社,香港,(1972?),第十章,167頁。



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