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消えた本土派の主張--香港立法会占拠の宣言と演説

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先日attacの事務所で納涼会を兼ねた香港加油なんちゃって報告会をした際にも、すこし話題になった立法会の包囲・突入・占拠・撤退をした人たちについて。

香港のメディアでは、当日の行動を時系列に解説したり、占拠に参加した青年のコメントだったり、中で読み上げられた二つの宣言だったり、その他諸々、たくさん報道されているが、日本語になって入ってくるのは少し先になりそうかな。ということで知っている事だけをいくつか。

立法会の議場で唯一、二つ目の宣言文を読み上げ、マスクを外して闘争継続を訴えた梁継平氏は、いわゆる「本土派」の青年で、立法会周辺でバリケードを築いたりしてきた「勇武派」(武闘派)にも近いのかもしれないが、彼自身の言論は極めて理路整然としている。

立法会占拠後に香港で発行されている英字紙「South China Morning Post」にインタビューを受けている。(英語)
https://www.scmp.com/news/hong-kong/politics/article/3017327/it-wasnt-violence-violences-sake-only-unmasked-protester

そのインタビューをもとにした運動メディアの報道もあり、今回は中国語なのでこちらを参考にさせてもらった。
https://thestandnews.com/politics/%E4%BD%94%E9%A0%98%E7%AB%8B%E6%B3%95%E6%9C%83-%E7%84%A1%E6%82%94%E8%84%AB%E4%B8%8B%E5%8F%A3%E7%BD%A9%E7%99%BC%E8%A1%A8%E5%AE%A3%E8%A8%80-%E6%A2%81%E7%B9%BC%E5%B9%B3%E6%8E%A5%E5%8F%97%E5%82%B3%E5%AA%92%E8%A8%AA%E5%95%8F-%E4%B8%8D%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E5%85%AC%E7%9C%BE%E5%8F%AA%E8%A8%98%E5%BE%97%E7%A0%B4%E5%A3%9E%E8%A1%8C%E7%82%BA/

その他に彼の素性などはwikiにページが立っている。(中国語)
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%81%E7%B9%BC%E5%B9%B3

彼は香港大学を卒業し、現在はワシントン大学で政治学の博士課程で学んでいたという。

7月1日の21:20に立法会に突入した梁氏は、この闘争が終了したのち、たんに「暴徒」として扱われることを憂慮して、宣言という形で闘争の記録を残したかったと述べている。

宣言を読み上げる前に、彼は議場を多数で占拠して平和的に占拠が続けられるように訴えるとともに、事後の弾圧もあるので去りたいものは自由だが、ここで負けたら後10年は香港は負け続けるだろうという激烈な演説をしている。

そのアジ演説はこちらで観られる。(広東語、中国語の字幕あり)
https://www.youtube.com/watch?v=fIDtOBiZQZw

そうこうしているうちに、撤退する方向で事態が動きつつあるなかで、23:00に梁氏は議長席付近で「7・1香港闘争宣言」を読み上げた。

7・1香港闘争宣言(中国語/英語)
https://medium.com/@shandileung/%E9%A6%99%E6%B8%AF%E4%BA%BA%E6%8A%97%E7%88%AD%E5%AE%A3%E8%A8%80-%E4%B8%AD%E8%8B%B1%E5%B0%8D%E7%85%A7%E7%89%88%E6%9C%AC-6927ca76dd1d

この宣言に特徴的なことは、梁継平氏が立法会で発した闘争宣言のなかに、いわゆる本土派に特徴的な民族主義的主張(新移民の排除、中国へのヘイト、香港独立など)がほとんど見られなかったということであり、掲げられている5つの要求も、いわゆる主流民主派とそれほど違いがない。

その後は、警察が0時に突入するらしいという情報が入り、議場に残った数十名が撤退するかどうかを議論し、立法会周辺を守っていた部分からは「一緒に撤退しよう、0時まで持ちこたえるから、みんな一緒にでてこい」というメッセージが伝えられ、断固残ると主張した4人を全員で議場から連れ出して、催涙弾に抗して立法会周辺を防衛していた仲間たちと撤退した。

議場突入の21:20から撤退する0時ごろまでの参加者の様子や発言などを記録したサイトに詳しい。(中国語)
https://medium.com/feature-hk/%E4%BD%94%E9%A0%98%E7%AB%8B%E6%B3%95%E6%9C%833%E5%B0%8F%E6%99%82%E5%85%A8%E8%A8%98%E9%8C%84-%E6%8A%97%E7%88%AD%E8%80%85%E6%8E%99%E6%89%8E%E7%9A%84%E8%81%B2%E9%9F%B3-823bfba7ed9e

さて、ここまで梁継平氏を紹介してきたのは、立法会突入という戦術に小さな衝撃を受けたという面もあるが、それ以上に、梁氏が雨傘運動(2014年9月)の直前の2月、在学していた香港大学の学生誌『学苑』の編集長を務め、「香港民族論」の特集を同誌で組んだ際に、それに対して僕の友人の區龍宇氏が批判を展開し、その文章の翻訳をお手伝いしたことがあったからだ。

『学苑』2014年2月号 「香港民族 命運自決」特集号(中国語)
https://issuu.com/hkusu_undergrad13/docs/book4_2336__1_

以前翻訳した區氏の文章は、その後出版をお手伝いした『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論評集』(柘植書房新社)に収録されている。

より正確に言うと、当時『学苑』編集長の梁氏のもとで副編集長をしていた王俊杰氏への批判であるが、香港民族論や独立論への批判という点では、梁氏を含む本土派への批判といってもいいだろう。

『香港雨傘運動』第二部第四章「香港自決権の防衛と排外主義極右批判」の最後に収録されている二つの論文がそれだ。

「時危くして節を見し、世乱れて良を識る 新情勢下の新思考(二)」
「『学苑』元編集長の王俊杰氏に答える」

じつは王俊杰氏の區氏批判の文章も翻訳しており、収録するかどうか検討したが、紙幅の都合などで収録できなかった。もし『香港雨傘運動』をお持ちの方で、王氏の批判も読みたいという方がいれば連絡してほしい。

なお、今回の立法会突入では「雨傘運動の失敗を反省して」といわれるが、雨傘運動のあとには、「勇武派」(武闘派)による「魚蛋(つみれ)革命」(Fish ball Revolution、2016年)などの失敗もあったがこちらの反省はあまり聞かれない。

區氏は雨傘運動後の運動分裂を率先して行った本土派・独立派への批判も続けてきた。今回の容疑者引き渡し条例改悪反対の運動は、その分裂がある程度鎮静化した、あるいはそれ以上に中国政府の脅威が大きくなったということだろうか。

『香港雨傘運動』は2015年4月までの文章を収録している。それ以降、勇武派の失敗したフィッシュボール革命、民主自決派の議会進出と議員(立候補)資格はく奪、国歌法、道徳教科化、民主書店店主誘拐、高速鉄道駅問題など一連の中国化を象徴する事件が続くが、香港の友人たちはその都度ごとに論評を書いている。もちろん今回の「リーダーのいない運動」についても、雨傘運動での総括を踏まえて、自発的な運動と組織的な運動の弁証法的統一からの論考も書いている。をいずれまとまった形で日本に紹介できればと思う。

最後に、このままだと梁継平氏の主張がわからないままになるので、立法会の議場で彼がマスクを外して行ったアジ演説を翻訳紹介して終わりにする。7・1香港人闘争宣言のほうはいずれ日本語訳がでまわるだろう。

映像(中国語字幕付き)はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=fIDtOBiZQZw

梁継平の7・1立法会占拠の演説

命の危険を恐れることなく立法会に突入しました。私たちはやっとのことでやってきました。もしここで撤退してしまったら、明日のテレビでは暴徒といわれるだけでしょう。かれらはめちゃくちゃになった立法会の内部を撮影し、私たちのことを暴徒と責め立てるでしょう。ですからいま、私たちの運動全体は分断されてはなりません。私たちは勝利しなければなりません。一緒に勝利しつづけなければなりません。もし敗北してしまったら、今後10年は勝利することはできないでしょう。わたしたち市民社会全体、すべての市民社会が10年は巻き返すことができなくなるでしょう。わたしたちの学生が逮捕され、指導者が逮捕されるのです。ですから今回わたしたちは絶対に勝利しなければならないのです。

もしここを占拠できるのなら、もしオキュパイが可能だと思えたなら、私たちと一緒にここをオキュパイしましょう。人が多ければ多いほど安全になるのです。警察もここでは催涙弾は打てないでしょうし、私たちもやられることはない。もし一千人がここにいたら、警棒をふるっても蹴散らすことはできません。そうでしょう。外の仲間に呼びかけましょう、もし占拠できるのなら、ここにきて私たちと一緒に占拠しましょうと。もうここまでくると、私たちは引き返すことができないからです。

もう遊びではないのです。立法会の占拠は一生に一度のチャンスなのです。もう引き返すことはできません。ですからもし可能なら占拠に参加してください。もしできないのなら平和的、理性的、非暴力で立法会を包囲してください。みなさんの身体で私たちを守ってください。いいですか。私たちは本当にもう負けることはできないんです。もし私たちがここを撤退してクーラーの利いた部屋で眠りについたとしたら、明日の朝には、何事もなかったのようになっているでしょう。この一ケ月のあいだの犠牲が無に帰してしまいます。犠牲となった三人の命や私たちが流した血と汗がまったく無駄になってしまってもいいのでしょうか。

私たちは本当にもう負けられないのです。外にいる学生の仲間たちに、ピクニックやフラッシュモブなどではなく、ここにきて一緒に占拠しようと呼びかけます。

ひまわり学生運動のときには学生が占拠すると、大人や非暴力運動のリーダー、立法会議員らが出入り口に立って学生を防衛しました。ですから私たち学生は、まずは余計なことは考えずないでおきましょう。私たちは充分な人数で、勇気をもって一緒に議場に入りましょう。人が多ければ多いほどここは安全になります。わたしがマスクを外して皆さんに伝えたかったことは、わたしたち香港人はもうこれ以上負けることはできないということです。香港人はもう本当に負けることはできません。ここで負けたら10年です。考えてもみてください、10年ですよ。わたしたちの市民社会はあちこちから攻撃されてしまうでしょう。

※「10年」とは、香港映画「十年」のことか?(訳注)

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