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バルファキス、2冊~『父が娘に語る経済の話』、『黒い匣』

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ギリシャ・シリザ政権発足(2015年1月)当初に財務大臣となってトロイカと債務削減について交渉し、その後、チプラス首相がギリシャ国民投票の意思を無視してトロイカ案受け入れを決めたことで財務大臣を辞任した(同年7月)ヤニス・バルファキスの本が立て続けに2冊、翻訳出版された。

『父が娘に語る、美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話』(関美和訳、ダイヤモンド社、1500円+悪税)
https://www.diamond.co.jp/book/9784478105511.html
目次 https://www.diamond.co.jp/book/itemcontents/9784478105511.html

『黒い匣(はこ) 密室の権力者たちが狂わせる世界の運命』
https://www.akashi.co.jp/book/b453574.html

『父が娘に語る~』のほうは、一月ほど前に新聞の下段ぶち抜き広告をみたときにすぐに買ってすぐに読んだ。広告、そして本の帯にも、「ブレイディみかこ氏絶賛!」「佐藤優氏絶賛!」「経済の本なのに異様に面白い」といった文面がところ狭しと踊っているので、どうかなぁ~?とおもって読んでみた。

結論から言うと、当初の「どうかなぁ~?」は、杞憂だったが、それでもそんなに絶賛するほどかな、というのが正直な感想。まあギリシャ神話の理解やその他の文化的素養が足りないからなのかな、とも思う。

とはいえ、たぶんギリシャとえらく文化的背景の違うオーストラリアに長く住んでいる娘にこれを語ってわかるのかな、というのが余計な心配。『黒い匣』を買いに寄った書店では『父が娘に~』を「超大型話題作」と大々的に宣伝。それほどでもないだろうに、広告につられて買った人はどう思うかな、と考えたが、まあこれも余計な心配。

で、杞憂だった、というのは、左派系経済学者によくある、マルクス経済学のつまみ食い的で、結論がまったく逆になっている、ということではなかったからだ。そこは「よくぞ掘ったるバルファキス!」と称賛。

もちろん、「資本」を「生産手段」に、「資本主義」を「市場社会」に置き換えたり、「使用価値」を「経験価値」に置き換えたりという、どうかなと思うテクニカルさは随所にみられる。

しかし、それははじめにバルファキス自身がプロローグのなかで断っている。

「私はこの本の中で『資本』や『資本主義』という言葉を使わなかった。この言葉が悪いというわけではない。ただ、この言葉につきまとうイメージのせいで、本質が見えなくなってしまうと思ったのだ。そこで『資本主義』のかわりに『市場社会』を使うことにした。『資本』という言葉は『機械』や『生産手段』に言い換えた。」(6p)

プロローグの中でバルファキスは自分が影響を受けたものとして、SF映画をあげている。このへんはロシア革命100年で本を出版したイギリスのSF作家、チャイナ・ミエヴィルにもつながるところか。

さらに4冊の本を上げているが、そのうちの一冊が、マーガレット・アウトウッドの『負債と報い 豊かさの影』を上げている。これにも興味をそそられた。アウトウッドの『負債と報い』については、時間があればまた紹介したい。

そして影響を受けた人物と思想として、「カール・マルクスの亡霊。古代アテネ人が書いたギリシャ悲劇。ジョン・メイナード・ケインズによる『合成の誤謬』の解説。そしてベルトルト・ブレヒトの皮肉と洞察」を挙げている(7p)。

どうしてマルクスの「亡霊」なのか。防腐処理されたレーニンまであげなくてもいいかもしれないが、せめてイーストボーン沖に散骨されたエンゲルスの骨のかけらくらいは一緒に登場させてあげてほしいとおもいながらも、まあ悪い意味で挙げられているようではないようなので、いいか。

この本の核心のひとつは、第2章「市場社会の誕生 いくらで売れるか、それがすべて」だろう。市場社会では「すべてが『売り物』になる」として、生産の3要素「生産手段」「土地」「労働力」が「商品」になったことが市場社会=資本主義の特徴だと解説している。

そして結論に迫る第8章「人は地球の『ウィルス』か 宿主を破壊する市場のシステム」では、すべてを商品化することで問題が解決するという主流経済学を批判してこう述べる。

「土地と原料と機械を支配し、規制に反対しているほんのひと握りの権力者たちが、法律をつくり施行し監視する政府に決定的な影響をあたえているいまの世の中で、どうしたらすべての人が資源に責任をもてるようになるのだろう?」
「答えは、問いかける相手によって変わる。」
「土地を持たない労働者に聞けば、こう答えるだろう。『地球の資源を金持ちに独占させないためには、土地や原料や機械の所有権を奪えばいい。集団的な所有権によってしか集団的な責任は生まれない。地域か、組合か、国家を通して、資源を民主的に管理するしかない。』」
「一方、土地や機械を大量に所有するひと握りの金持ちに同じことを聞くと、違う答えが返ってくるはずだ。『地球を救うためには、何らかの手を打った方がいい。だが、政府が人々の利益を本当に代弁できると思うかい?とんでもない!政治家や官僚は自分たちの都合しか考えていない。大多数の人のことや地球のことなんて考えていない。組合の共同管理も幻想で、全員がテーブルを囲んで話し合っても、物事は進まない。民主的なやり方では重大な決定はできない。オスカー・ワイルドが言ったように“社会主義の問題は、話が進まないこと”だよ』 …おそらくこんな答えが返ってくるはずだ。『もっと市場を!』」(213~214p)

政府も共同管理も民主主義も信じないカネ持ち達は「もっと市場を!」という解決方法を提示するが、いざ金融危機に直面するとこのカネ持ち達はとつぜん政府に頼るようになるとバルファキスは批判する。

また地球規模の環境問題でも、市場を通じて株式化して効率的に資源管理ができるというカネ持ちたちの主張が、気候変動対策では排出権管理として実現されているが、この排出権取引では政府の役割が決定的に重要になると指摘する。つまり政府を信頼しない市場を通じた方法は、じつは政府に依ってしか実現しないという矛盾を、バルファキスはだたしく指摘している。このへんは、前に紹介した『エスタブリッシュメント』でも描かれているカネ持ちどものご都合主義への批判と同じだ。

バルファキスは「すべてを民主化しろ」と「すべてを商品化しろ」というスローガンを分かりやすく対峙させ、危機の「唯一の解決策は、金融政策の決定過程を民主化することだ」(219p)と述べる。

ただ、その民主化の事例として挙げられているのが、ビットコインをはじめとする仮想通貨に体現されているアイデアだという主張には、すこしついていけない感じもする。つまり過程すべてを透明化することが民主化だ、ということにつながりはしないか。本当の民主化とは、社会の大多数の階級がその過程と決定に参加することであり、透明化はその必要条件にすぎないのではないか。

また「民主主義」と「市場」ではどちらも「投票」をつうじて意思決定に参加できるが、「民主主義」は一人一票だが、「市場」では一ドル一票であり、富の多い少ないによって決まることも、分かりやすく説明されている。カネ持ちによって左右された気候変動対策はカネ持ちの利害を最優先することも触れられている。

総じて首肯できる主張ばかりだが、やはり「資本主義」は「資本主義」と言った方がいいだろう。

というのも資本主義の前にも存在したし(これについてはバルファキスも触れている)、そしてある国で資本主義政府が打倒された後にも市場の影響は存在するからである。かりに人為的に市場を閉鎖したとしても、世界規模で資本主義が終わりを告げない限り、市場の圧力は閉鎖経済の内部に影響を与える。ポスト資本主義の経済運営は、計画、市場、民主主義の三要素だというのが、歴史的な総括の一つとして言える。

これは、国際金融のトリレンマ(自由な資本移動、固定相場制、独立した経済政策の三つを同時に実現することはできない)に代わる、ポスト資本主義社会の現実可能な経済運営の指標であり、その意味でも、「資本主義」を「市場」と言い換えるのは、かなり限定をつけたうえでないといけないのではないかと思う。

さて、一冊目の『父が娘に~』の紹介が長くなってしまったが、バルファキスに良いイメージを持っていなかったにもかかわらず、飛びつくように買って読んだのには、理由がある。

じつはちょっと前から、二冊目の『黒い匣』が出版されることを聞いており、この『黒い匣』をめぐって、途上国債務の帳消し運動であるCADTMの共同代表、エリック・トゥーサンが、原書が出版された直後の2年ちかく前から、批判的な書評をウェブサイトに掲載しており、ずっとそれが気になっていたからである。

◎Series: Yanis Varoufakis’s Account of the Greek Crisis: a Self-Incrimination
by Eric Toussaint

Part 1. Proposals Doomed to Fail
Part 2. Varoufakis’s questionable account of the origins of the Greek crisis and his surprising relations with the political class
Part 3. How Tsípras, with Varoufakis’s aid, turned his back on Syriza’s platform
Part 4. Varoufakis Surrounded Himself with Defenders of the Establishment
Part 5. The Varoufakis-Tsipras Line was Doomed to Fail from the Word ‘Go’
Part 6. Varoufakis-Tsipras move towards the disastrous agreement with the Eurogroup of 20 February 2015
Part 7. The first capitulation of Tsipras and Varoufakis at the end of February 2015
Part 8. Varoufakis’s secret negotiations and his disappointments with China, Obama and the IMF

ただ一冊目の『父が娘に~』を読んだ後で、中国の労働運動弾圧事件の情報収集などで時間がとれず、ジグレール教授の『孫娘に語る~』を読んだ後で「孫の次は娘かいっ!」というツッコミを早く入れたかったのだが、ついつい本の紹介がおそくなってしまった。

そして今回、ついに噂の『黒い匣』が出版され、ソッコーでこの本も買って、読みはじめたところで、しかもチプラス政権のずるがしこさを暴露する内容で面白い!ということもあり、まず最初に『父が娘に~』のほうを紹介しようと思った次第。

『黒い匣』はバルファキスが財務大臣(2015年1月~7月)を辞任した後に書かれたのだが、『父が娘に~』のほうは、初版(ギリシャ語)は2013年に出版されており、大臣をやめて『黒い匣』を2017年に出版したあとで、『父が娘に~』の英語改訂版を出版している。

ということで、『父が娘に~』のほうは、どろどろとしたチプラス政権とトロイカをふくむ国際金融の化かし合いに染まっていない内容だ。

いっぽう、『黒い匣』のほうは、冒頭から夜の雨降るワシントンのバーで元米財務長官のサマーズに「君はインサイダーかね、それともアウトサイダーかね」と問われるシーンから始まるように、サスペンス映画のような怪しさ満開の展開。もちろんチプラスやその取り巻きのことも。

そして、バルファキス本人やこの本を日本に紹介するために尽力した人々には申し訳ないが、ギリシャ債務危機の渦中でチプラス政権やバルファキスの振る舞いをみてきたCADTMのエリック・トゥーサンが、チプラスに批判的なバルファキス自身のとった行動そのものが、その後のチプラスの屈服につながったのではないかと、詳細に批判を展開していることが、何よりも『黒い匣』をソッコーで買った理由だ。

本文だけで500頁以上もある『黒い匣』だが、読み応えは充分。あとは誰かがエリックの論考を訳してくれるのを期待せずに待つしかないのだが。『エスタブリッシュメント』もまだ途中なのだが。

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