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『エスタブリッシュメント』(オーウェン・ジョーンズ著、海と月社)

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海と月社の公式サイト

タイトルだけではきっと読むことはなかったとおもう『エスタブリッシュメント』(オーウェン・ジョーンズ著、依田卓巳訳、海と月社、2018年12月)だが、attacの会員の方から勧められて読みはじめている。

著者は前著『CHAVS チャヴ 弱者を敵視する社会』でイギリスのアンダークラスを描いたオーウェン・ジョーンズ。といっても前著は評判だけで実際に読んでいない。

『エスタブリッシュメント』は、英国の支配階層の実態を、当事者(保守党・労働党問わず)やその代弁者たる論客らへの豊富な取材を踏まえて批判的に執筆されたもので、ブレイディ―みかこさんが「絶望しない左派のために」という解説を書いているので、まあそういう本だ。

全8章と結論、それと原著新版に加えられた論考が収録されており、もくじをみれば「租税回避の横行と大物実業家」や「金融界の高笑い」や「主権在民という幻想」などattacにも関係するようなテーマを扱っている。

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目次
はじめに エスタブリッシュメントとは何か?
1 「先兵」の出現
2 政界と官庁の結託
3 メディアによる支配
4 警察は誰を守る?
5 国家にたかる者たち
6 租税回避の横行と大物実業家
7 金融界の高笑い
8 「主権在民」という幻想
・結論 勝利をわれらに
・みなさんの質問に答えつつ、もう一度、呼びかける(2015年版によせて)
・解説:絶望しない左派のために(ブレイディみかこ)
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とはいえ、けっこう分厚い本書を読もうと思い、まだ「はじめに」とブレイディさんの「解説」しか読んでいないのに、ブログで紹介しようと思ったのは、戦前から戦後にかけて労働党が何度も政権を担った「ゆりかごから墓場まで」の資本主義の階級社会であるイギリスらしいマニアックなエピソードが冒頭の「はじめに」から全開していたからだ。

「トロツキストから保守主義者に転じた、メール・オン・サンデー紙のピーター・ヒッチェンズも、エスタブリッシュメントとは『道徳的堕落に至るまえの仮の宿』だと非難する。」(5p)

「なかには、権力を手にしてなお、エスタブリッシュメントを否定する人がいる。たとえば労働党のジョン・ブレスコット。彼はかつて商戦でウェイターとして働き、急進左派のメンバーだった。1966年には船員のストライキを計画し、労働党のハロルド・ウィルソン首相から批判された。だが30年後、ブレア政権下で副首相を務め、左派から中道への道を完了した。」(6p)

「彼は(タイムズ紙のデイビッド・アーロノビッチ)、かつて過激派の学生で共産主義者だった。1975年には、BBCの『ユニバーシティ・チャンレジ』(訳注:イギリスの各大学の代表者が出演する長寿クイズ番組)に出場し、すべての問題に、「レーニン」「トロツキー」「チェ・ゲバラ」などマルクス主義のリーダーの名前で答えて、番組を台なしにしたこともあった。本人曰く『当時はものごとをかなり一面的に判断していた――あらゆることを簡単に切り捨てていた』。しかしやがて、マードックが所有するタイムズ紙のコラムニストになり、左派を容赦なく批判するようになった。」(17p)

こんなワクワクする記述は「はじめに」だけではない。ブレイディさんの「解説」では、「はじめに」でもすこし触れらていた著者のオーウェン・ジョーンズ氏のルーツについて、くわしく紹介している。

「オーウェン・ジョーンズは生粋の左翼家庭の出身だ。祖父は共産党に関わっていたというし、両親はトロツキストの過激派グループの会合で知り合ったというのだから筋金入りである。オーウェンが最初に行った政治ミーティングは80年代の炭鉱労働者のストの最中で、父親が赤ん坊だった彼をだっこ紐で胸に抱いて出席したので、みんなそれを見て拍手喝采したそうだ。」(435p)

オーウェンの両親は「生涯の労働党員」(435p)だともいう。イギリス労働党にはさまざまなトロツキスト潮流が加入し、ときには党を追い出されたりと、いろいろな歴史があり、著者の両親の言う「生涯の労働党員」が何を指すのかは、イギリス事情にうとい僕には判断できないのだが、すくなくとも現時点では、コービンに投票するかどうかでオーウェンらと話しをしているというエピソードが紹介されているので、オーウェン含めてコービン支持の労働党員のようだ。

ブレイディさんは、解説のなかで松尾匡氏が提唱する「レフト3.0」がオーウェンの主張に近いと紹介している。

「1970年代をピークとして盛り上がった『大きな政府』をめざす労働者階級主義の左派をレフト1.0」、「1990年代をピークとするアイデンティティ政治と多様性、エコロジーの問題を重視する左派をレフト2.0」、「その両方の良かったところを遺し、悪い部分は取り去って高次元でハイブリッドにしたレフト3.0」(438P)

1984年生まれのオーウェン氏や、このところ話題になっているAOLなど、レフト、左派、左翼、社会主義など、「70年代の左翼みたいなことを言う」(436p)時代を彷彿とさせるのだけれど、レフト1.0以前の激烈な時代における左翼陣営の国際的な論争が忘れ去られているような気がするのは、僕だけだろうか。

イギリス労働党でいえば、レフト1.0以前、戦前の時点での路線の「悪い部分」にまでさかのぼって再検討することができるのかどうか、という問題もある。「社会主義」が資本主からつづく社会的秩序の平坦な延長線上において実現できるという英国社会主義にとりわけ顕著な傾向は、左派だけでなく保守派の論調においても随所に散見されるなど(たとえば戦後70年代までの英国体制が「社会主義」だったと妄想するモンペルラン協会など)、突っ込みどころも満載だ。

とまれ、オーウェル氏について、「自らゲイであり、LGBTQの問題となるととりわけ熱い記事を書く」、「(EU離脱問題について)、ひたすら年調世代の右傾化と排外主義を嘆き、怒りを表明するだけの他の若い左派論客たちと(違って)、事態を階級の軸に引き寄せて解決策を考えようとする」(437p)と紹介するブレイディさんの解説を含め、本書でオーウェル氏が灯す「不正に対する怒りの炎と、よりよい世界に対する希望の炎」(トニー・ベン、417p)の情熱をぜひ感じてほしい。
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