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ゴーン逮捕とG20サミット、そしてなぜかフローラ・トリスタン

「簡単な理由です。ブルジョワはお金を持っていて、労働者は持っていないからです。計画の実現のためには組合は資金が必要です。わたしたちが求めているのはブルジョワのお金であって、ブルジョワの方々ではありません」――フローラ・トリスタン(『楽園への道』 マリオ・バルガス=リョサ著、田村さと子訳、河出書房新社)

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昨日の夕方ごろから、ニュースでは「日産会長ゴーン逮捕か」の報道が流れはじめていた。

それを聞いて最初に思ったのは、「安倍も習近平のやり方を真似してるのかな」ということだった。そして次に思ったのはG20サミットのことだ。

習近平については彼がトップに就任していこう進められている「反腐敗」がすぐに思い浮かぶだろうが、なぜG20?と思われるかもしれない。

日本政府は2019年秋の消費税引き上げにともなう世論からの「貧乏人課税」という批判を回避するため、そして来年6月末に大阪で行われるG20サミットの目玉のひとつとして、このかん、租税逃れを検討するOECDで2014年に策定した「共通報告基準」(CRS)に基づき、日本人や日本の法人が海外64カ国・地域に持つ約55万件の金融口座情報を入手したと国税庁が発表したり(10月末)、海外口座情報日本を議長国として進められてきたBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトの一環で、

•国税庁:2017年度事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要について(PDF/553KB)(2018年10月)
https://www.nta.go.jp/information/release/pdf/002.pdf
・国税庁:共通報告基準(CRS)に基づく自動的情報交換に関する情報
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/crs/index.htm
・国税庁:BEPSプロジェクト
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/beps/index.htm

しかし情報交換にしてもBEPSプロジェクトにしても、日本政府のたちふるまいは、先進的取り組みにブレーキをかけるものになっていることは、BEPSにおけるデジタル課税の扱いを見れば明らかだ。国境を越えてビックデータをカネ儲けの種にするGAFAへの規制(課税)について、BEPSではなかなか進まないことに業を煮やした欧州連合の比較的に先進的取り組みにたいして、BEPSを中心で推進してきた日本の財務官僚は「和を乱す」的な発言でけん制したことは記憶に新しい。

タックスヘイブン規制にかんするBEPSプロジェクトについてもそうだ。所得税の最高税率を55%にまで引き下げてきて、さらに金融所得については20%という「国際標準」に合わせてきたということは、世界中の政府が主導して地球全体をタックスヘイブンにしてしまっているということにほかならない。

「税源浸食と利益移転」プロジェクトは、2008年リーマンショックにともなう世界経済危機からすでに10年が経過するなかで、利潤のための生産を目的とする資本主義が支配する各国政府によって取られた対応が、空前の財政出動によって資本主義システムを救済するでしかなく、それによって膨らんだ巨額の財政赤字を補うためというのが為政者たちの本音だろう。

「やらないよりはいい」? いや、やることはもっと他にあるはずだ。

ゴーンの逮捕と租税情報交換情報を結びつける報道はいまのところ見当たらない。だが捜査当局が早くからの内部告発とあわせて海外の口座情報もあわせて証拠にしていた、あるいは証拠にしようとして逮捕したことは容易に想像できる。ゴーン逮捕や「金持ち課税」「タックスヘイブン対策」を、労働者収奪の消費増税のための潤滑油にしてはならない。このシステムに対して、協力ではなく攻撃、つまりアタック的姿勢である。

必要なことはこのシステムに潤滑油をまくことではなく、砂をまき続けること、つまり来年のG20サミットで「打ち上げ花火」的に発表されるであろう資本家政府の「お仕事」を賞賛する声に、あらかじめ「もうたくさんだ!」と言っておくことである。

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今朝の東京新聞の一面はもちろん「報酬50億円過少記載疑い」というゴーン逮捕の記事。そしてその下に配置された記事は「週130時間労働 月収9万円」という過酷な条件に耐え切れず「失踪」したベトナム人実習生らの聞き取り調査を報じた記事だ。

ゴーンとその配下のケリーの「逮捕容疑では、二人は共謀して2015年までの5年間、ゴーン容疑者の報酬が実際には計訳99億9800万円だったにもかかわらず、計訳49億8700万円とうその記載をした」

ベトナム人実習生らの「月収は3~9万円で労働時間は週36~130時間。週130時間は一日19時間近い勤務を7日間続けたことになる。このうち、溶接工として働いた男性は、母国[ベトナム]の『送り出し機関』に支払った230万円を親族や銀行からの借金で工面した。10万円と説明されていた月収は8万円だった。さらに光熱費など5万円が差し引かれていた」

この差はなんなのか。

「簡単な理由です。ブルジョワはお金を持っていて、労働者は持っていないからです。計画の実現のためには組合は資金が必要です。わたしたちが求めているのはブルジョワのお金であって、ブルジョワの方々ではありません」

冒頭に紹介したこのセリフは、19世紀中ごろの社会主義者、フロラ・トリスタンとその孫のゴーギャンを描いた小説『楽園への道』のなかで、フローラが講演会でブルジョワ社会主義者に向かって述べた一言だ。

フローラは最晩年に出版した『労働者の団結』という著書を手に、空想的社会主義でブルジョワの慈悲に期待をかけたサンシモン主義者やフーリエ主義者らが主催する講演会で、労働者自身の相互扶助のスペース『ユニオン殿堂』をつうじた相互扶助や社会保障のシステムやこそが必要だというプランを披歴する。彼女のプランはその後の世界の労働運動によって実現されていくが、「わたしたちが求めているのはブルジョワのお金であって、ブルジョワの方々ではありません」、つまり持続可能な世界にブルジョアワはもういらない、というほうのアイデアは、人々の記憶からは忘れ去られているようだ。

リーマン危機以降、欧米並みの巨額の役員報酬に眉をひそめ、「日本的経営」や「日本的資本主義」の在り方をもちあげる趣もないではない。「ルールある資本主義」をさけぶ共産主義政党がないわけでもない。

しかし資本主義のルールとは利潤の最大化であり、その利潤は労働と自然からの搾取でしか実現されない。フローラが訴える『労働者の団結』は、強欲資本主義にとってのブレーキともなるが、それ以上にルールではなく、新しい経済と生活の在り方というシステムそのものを変える力を持っている。

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『楽園への道』では、ロアンヌを訪れたフローラは、地下にある工場を訪ねる。

「立っていられないほど天井が低く、織機がぎっちり3列に並んでいる窒息しそうな洞窟に、80人もの不幸な人々が身動きもとれないほど詰め込まれていた。…彼女はくらくらして気が遠くなってゆくのがわかった。炉から立ちのぼるあつい熱気、悪臭、80台の織機がいっせいにたてる耳をつんざくような騒音で、フローラは気分がわるくなってきた。半裸の汚れて痩せこけた身体をかがめて織機に覆いかぶさるようにしている人たちに、彼女は質問するのがやっとだった……幽霊、亡霊、まだ息のある死者の世界だった。朝の5時から夜の9時まで働いて、男は2フラン、女は80サンチーム(0.8フラン)、14歳未満の子どもたちは50サンチームを稼いだ。」

フローラの時代、女性はまだ「一人前の労働者」として認められておらず、職人らを中心とした労働者の組織も、フローラをはじめ女性労働者は、労働者の賃金を引き下げるだけだと考えていた。

『楽園への道』は、ディジョンでフローラと瓦職人らとの会合での場面を描写している。

「(労働者らは)しばしばうなずきながら興味深げにじっと耳を傾けてくれた。労働組合がいったんフランスに設立されたら、次は全ヨーロッパに広げていき、その結果、政府や議会は労働者の権利を法律化することになるだろう、という言葉を聞くと、彼らの疲れきった顔がぱぁっと輝くのをフローラは見た。失業から永遠に労働者を守る法律である。『でも、この権利を持つ者の中に、女たちも入れるつもりですか』質問の番が巡ってくると、職人の一人が咎めるように訊いた。『女たちは食べないのですか。衣服は着ていませんか。女たちも生きるために働くことが必要ではないですか』フローラは詩を朗読しているかのように、言葉を区切りながら言った。」

苛酷な労働生活環境に置かれている実習生らは「労働者ではない」という理由から、さまざまな労働法制の適用から排除されている。実習生らは労働者であり、日本で生活する市民でもあり、それらの権利を制限する実習生制度は廃止しなければならない。実習生制度というルールの変更ではなくシステムの廃止(転換)が必要だ。

ルールを変えるのではなく、システムを変えよう。
資本家を変えるのではなく、システムを変えよう。

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