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中国:労働者の中へ進んだ学生――沈夢雨の進む途

以下は、香港の左派ウェブサイト「無國界社運 Borderless movement」に8月1日に発表された論評。文中で言及されている沈夢雨さんは、自身の解雇撤回争議のさなか、別の労働争議支援の渦中で連行された。状況は原文はこちら

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労働者の中へ進んだ学生――沈夢雨の進む途
錢本立


今年の6月、広州日弘機電有限公司の労働者たちは団体交渉での勝利をかちとった。当初、経営側は設備投資によって利潤が減ったことを理由に、2018年の賃上げと年末一時金を低く抑えようとした。その噂を聞いた労働者たちは初めて「一人一票」方式で自分たちの交渉代表を選出し、団体交渉を経営が操るゲームにさせないようにした。結局、賃上げは当初経営側が提示していた月1.66%から6%+200元に、年末一時金も3.5カ月から4カ月+α(αは業績に連動)に引き上げることに成功した。そのほかに、交渉期間中に労働者たちは、正規雇用に転換する前の派遣期間中の住宅積立金の企業拠出分の追納も勝ち取った。

この勝利が広く知れ渡ったのは、労働者が民主的に選出した交渉代表の沈夢雨が、そのことを文章にして微信(WeChat:中国版ツイッター)のアカウント「夢雨はいいたいことがある」というアカウントで拡散したからだ(原注)。しかし交渉に勝利する前の5月28日、彼女は職場労組から交渉代表の資格を取り消されたうえ、同じ日に会社を解雇された。

◎労働アクティビストへの途

彼女自身の文章によると、沈夢雨は広州の中山大学在学中に、労働者への同情や支持の種々の思想に触れたことで、左派学生のアクティビストになった。在学中に珠江デルタ地域の労働者の生活状況をその目で見て、広州大学都市の清掃労働者の権利擁護のたたかいを支援したり、当局に逮捕されたフェミニストらの釈放を要求する共同声明に署名したりしていた。

沈夢雨は2015年に修士を取得した。彼女は文章の中で日弘公司に就職して現場労働者になる過程を書き記している。

「(現行システムの)既得権益者?!この言葉に激しく胸が痛んだ。そう、私は幸運にも中流家庭に生まれたことで、基本的な生活上の心配を一度もすることなく育った。質の良い教育を受ける機会も得て、自分の将来は明るいものに見えた。でもこうしたことは全部私にとって当然の権利だったのだろうか?この瞬間から、私は自分自身のこと、そして教室を埋め尽くした無限の将来を持つ学生たちのことを見つめなおすようになった。そして、珠江デルタで毎年労働者たちが失う4万本の指のこと、青春を都市に捧げながら都市に住み続けることができない2億8千万の農民工たちのことを考えるようになった。……懸命に働く労働者がひどい扱いや暴力にさらされることがあってはならない。私は長期的に労働者と共に在ることを決意した。」

その後の2年余りのあいだ、彼女は自らの選択を実践した。職場の仲間を助けることで信頼と友情を勝ち得てきた。注目すべきは、「時代先鋒」ウェブサイトの事件記録によると、沈夢雨は自分の知らないところで職場の仲間が微信の投票機能をつかった交渉代表の模擬投票によって選出されていたことである。この事実からも職場における彼女の信頼が高かったことをうかがい知ることができる。

交渉代表になってからは、彼女は真面目に職場の仲間の意見を集約して要求項目をまとめた。経営側は彼女が勝手に意見を集めたことを非難したが、彼女はひるむことなく反論した。筆者は沈夢雨が最初の交渉においてどのような態度で臨んだのかを知る由もないのだが、交渉相手にとっては面倒な交渉代表だと感じただろう。でなければこれほどすぐに彼女を職場から完全に追い出しはしなかったであろう。

中国の労働争議をよく知る人間にとって、この結末は決して意外なものではない。沈夢雨も諦めることなく、引き続きこの悪辣な企業を非難する文章を書いたり、労働委員会に仲裁を申し立てたり、広州市総工会や関連する政府部門に対して公開状を送ったり、さらには職場の仲間と一緒に日弘労組を裁判所に訴えたりと。これらの努力はいまのところ彼女自身の復職を実現するに至ってはいないが、労使紛争それ自体を公衆に示し、経済的に最も発展視している地区の外資系企業においても、労働者の状況はまったく芳しくなく、官製労組はこれまでと同じように断乎として経営の側に立っていることを示した。

解雇された沈夢雨は労働アクティビストとして活動を続けている。この7月には、組合結成を求めた深圳市佳士科技有限公司の労働者らが警察から暴行され、それに対する連日の抗議行動が呼びかけられた。沈夢雨は7月28日に抗議行動の支援に訪れ、警察の暴力を非難する演説を行い、警察に数時間拘束されている。

◎「工場のなかへ」だけが労働者との一体化にあらず

沈夢雨の品格と信念は尊敬に値するし、その職業的選択も非難されるよりも賞賛されるべきである。修士という学位が無駄になったという批判に至っては「大金を稼いでこそ成功」という中国の主流の価値観にすぎない。高等教育は今日の社会においては天賦人権(生まれながらの権利)であるべきで、その学位をどのように使うかは各人の自由である。しかも彼女が大学で学んだことが、今後の労働運動において全く活用の途がないとも言えない。

しかし、われわれは、工場に勤めることだけが労働者になることだという一種の誤解を避けなければならない。マルクス主義の考えでは、労働者階級とは労働力(体力と知力)を売ることで生活の糧を得て、生産手段を所有せず、労働の成果の大部分をブルジョアジーに搾取されているが、社会のための主要な財源を生み出す階級である。マルクスの時代には、体力労働者(ブルーカラー)が労働者階級の主体であったが、今日それは様変わりし、昔はなかったような職業が誕生しているだけでなく、一部の先進国家においては、ブルーカラーが少数になってさえいる。そのうえ、ブルーカラーであっても必ずしも工場で働いているとは限らない(配達員、看護士、サービス業など)。

たしかに現在の中国の状況から言えば、工場の、とりわけ製造業の労働者の闘いがもっとも頻繁である。また歴史的にみてもプロレタリア革命(たとえばロシア革命)の主力は工場労働者であった。これらの事実が、沈夢雨が工場に就職することの理由であったと言える。しかし時代は変化している。1917年のペトログラードの金属工場のストライキでは、前線のツァーの兵士への弾薬供給が途絶えた。しかし今日の労働者には、さらに多くの手段がある。何百台ものクレーン車の運転手は港湾を麻痺させ、何十人かの地上勤務労働者が飛行場を閉鎖することができ、何人かのシステムエンジニアがキーボードをたたけば会社の機能がストップする。もちろんこれらの手段は強烈なので、専制国家においては国家の暴力装置による無慈悲な弾圧に遭うことから、それを実施することは通常は困難である。しかしもし社会変革の大時代に直面したとき、労働者のこのような行動の威力は、工場労働者による行動に比しても全く遜色はないだろう。

かりに重要ではない部署の非工場労働者であっても、ストライキを通じた労働条件の引き上げは可能である。団結権が保障されている国家において、教員、医療労働者あるいは物流労働者によるストライキや団体交渉における示威的な実力行動は良く見られることである。中国のホワイトカラー労働者によるストライキは少ないが、それは逆にいえば、左翼がオフィスにおいて奮闘する必要性を示しているとは言えないだろうか。

ゆえに、左翼の学生が、工場に就職しなかったので労働者と一体になれないと自らのラディカル性の不足を嘆く必要はない。なぜなら少数の大富豪と特権階級の子どもを除き、一般の大学生が卒業後に就職できるのは「中産階級」や「キャリア」ではないからだ。君たちが就職する先の同僚は、[作業服よりも]ちょっとおしゃれで、労働条件も少しはマシな労働者にすぎない(しかもホワイトカラーといっても楽なわけではなく、その多くが不払い残業だ)。もしその気さえあれば啓発や組織化の役に立つことができるだろう。もちろん、積極的な闘争(組合結成や団体交渉)を行えば、沈夢雨のように経営者から弾圧を受けることもあるだろう。また闘争にたちあがる条件がなくても、他の労働者の闘争に注目・支持することもできる(高給であれば、スト決行中の労働者に少し多くカンパを送ることも大いに激励となる)。つまり、オフィス業務に従事していても、「左翼の逃亡兵士」といわれる筋合いはないということである。

◎組織の重要性

筆者は部外者ではあるが、多くの事象からみて、沈夢雨には仲間がいることが推測される。左翼への途は「既得権益者」の罪悪感の負担を軽減する苦行ではなく、計画的で目標を持った社会変革の途である。個人的闘争によってそれは効果を上げることは難しく、維持することも困難である。

現在の政治環境下において「組織」はセンシティブな言葉である。しかしすべてを一人でできるスーパーヒーローはいない。工場に入り労働者と融合することが社会を変革する計画の一部であるなら、闘争方針を検討し、宣伝ビラを書き、解雇者を経済的に支援し、弾圧に対する救援体制を構築するなど、集団的な協力体制が必要である。そうでなければ、仮にレーニンがふたたび降臨したとしても、今日の中国の工場において長期的に左翼が活動を堅持することは困難だろう。生活のために闘争を放棄するか、要注意人物リストにあげられて工場に就職することができなくなるかのどちらかである。

沈夢雨と彼女の仲間たちによる、労働者への接近の方法や、社会矛盾の分析、社会変革の方向性などの多くの面で、すべての左翼の賛同を得られるかどうかはわからないが、彼女たちには確かに称賛すべきところがある。若い学生たちによる労働アクティビストというイメージを創りだし、弾圧後も屈することなく、引き続き活動を継続していることは、疑いなく一つの成果である。

もちろん、この種の成果を今後も真似できるかどうかは検討が必要だ。沈夢雨が大学生活を送った時代は(2015年に修士を取得したとすれば、2008年頃に大学に入学した計算になろう)、大学に対する政府の管理が今日よりもかなり緩かった時期である。チャットの監視もなく、突破不能なファイアー・ウォールもなく、ビック・データによる個人の補足もなく、また教育者もそれなりに意見を表明していた(今日では密告によって職を失うリスクが高い)。このような状況は体制外の学生が校内で活動することを容易にしていた。しかし今年の広州工業大学における読書会への弾圧事件[訳注]は、マルクス主義を信奉する学生団体であっても、今日でもいまだマルクス主義を自称する政権党から容赦されることはないということだった。

とはいえ、社会矛盾は尖鋭化しており、焦眉の事件も枚挙にいとまがない今日(偽ワクチン、貿易戦争、MeTooなど)、考える若者たちがラディカルな思想を受け入れやすくなっている(もちろん左右どちらの思想も)。それゆえ、組織建設という観点からいえば、今日の状況はリスクとチャンスが併存する時代とも言えるだろう。

(原注)このアカウントは当局から廃止されたが、ウェブ上で拡散転載されている。文集はこちらのサイトから読める。
https://www.shidaixianfeng.tk/archives/12075

[訳注]こちらを参照。
http://www.chinalaborf.org/bookreders/
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