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憲政、階級、革命そして「ディクタトール」―――1848年におけるマルクスとエンゲルス

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香港中文大学が発行する隔月誌『二十一世紀論評』の2018年6月号(167期)はマルクス誕生200年です。編集委員には雨傘運動でも思想的な指導者として活躍したリベラル派の周保松氏も名を連ねています。

『二十一世紀 特集:マルクス誕生200年』2018年6月号(167期)目次
中国語 http://www.cuhk.edu.hk/ics/21c/zh/issues/c167.html
英 語 http://www.cuhk.edu.hk/ics/21c/en/issues/c167.html

『香港雨傘運動』の著者の區龍宇さんも論考を寄せ入ており、全文が公開されていますので、中国に関する箇所だけですが抄訳してみました。

憲政、階級、革命そして「ディクタトール」―――1848年におけるマルクスとエンゲルス

區龍宇

2013年、中共中央弁公庁が「現代のイデオロギー領域の状況に関する通知」を印刷・配布し、「西側の憲政民主の宣揚」を含む7種類の「批判」を加えるべき「誤った思想傾向」を列挙した。その後、御用学者が次々と文章を発表して迎合した。たとえば中国人民大学法学院の楊暁青は「憲政と人民民主主義制度の比較研究」を執筆し、そのなかで「憲政の決定的な制度要素と理念は資本主義とブルジョア独裁のみに属するのであり、社会主義人民民主主義制度には属さない」(原注1)とし、マルクスとエンゲルスの著書を引用して、この二人が当初から憲政に反対してきたことを証明しようとした。研究者のあいだではこれにつづいて「自由主義憲政派」(賀衞方など)や「社会主義憲政派」(華炳嘯など)が御用学者の「反憲政説」に反対した(原注2)。

反憲政派であるか「社会主義憲政派」であるかにかかわらず、どちらもいわゆるマルクス主義者およびその中国における実践といった言説系統のなかで論争が行われた。それゆえ、マルクスとエンゲルスの憲政および民主主義に関する見解を明確にすることは、中国の憲政大論争の是非をはっきりさせることに、いくらか手助けとなるだろう。本稿の主旨は、1848年革命前後のマルクスとエンゲルス両人の憲政、普通選挙、階級闘争、革命、独裁など幾つかの関連する領域に対する立場を整理し、両者が当時、民主派左翼の立場に立って一切の疑問もなく民主的憲政の樹立を支持したと考える。そして、上記の論争を具体的事例にあげて、いわゆる「マルクス主義の中国化」が、「橘、淮を踰えて北すれば枳と為る」[所変われば品代わる]がごとく、一党独裁の擁護者となっているか、枳穀(キコク)を枸橘(カラタチ)と誤認して、マルクスが民主憲政を支持したことを証明しようとすればするほど、矛盾に陥るといった、往々にして大きな誤解と「化」していることを指摘するものである。

[以下、一~六まで目次のみ:訳者]

一、ヨーロッパの四種の思想傾向の踏襲と分裂
二、トクヴィルとフランス革命
三、ドイツで民主主義革命を推進したマルクスとエンゲルス
四、憲政と階級
五、「憲法は各種の勢力の総和である」
六、革命と独裁

七、自由主義と社会主義


上記の分析によって、2013年の中共と御用学者によるマルクスを利用した反憲政の立場の弁護が無効であることが証明される。「社会主義憲政派」は、中共支配の道統[儒学的伝統]とマルクスの社会主義学説の両者の矛盾の調和を企図するものであるが、同様に成功していないと筆者は考えている。西北大学政治伝播研究所の華炳嘯所長は「社会主義憲政派」に属するが、彼の執筆した「反憲政によるマルクス思想の歪曲と強奪を許せるのか」という論考は、「中国は社会主義国家として憲政が必要である」と「マルクスとエンゲルス両人は憲政に賛成した」という二つの結論を提起している(原注47)。華炳嘯の論文は、主要にはマルクスの最大限綱領、つまり社会主義が国家機構の強化ではなく消滅を意味するということに依拠しており、「社会主義中国」も当然もっとも基本的な民主主義の条件、すなわち権力に対するチェック・アンド・バランス(憲政)を必要とするというものである。筆者は、華論文の論拠は不適切だと考える。まず、もし社会主義が国家機構および貧富階級の対立の解消を意味するのであれば、現在の中国がどうして社会主義なのだろうか。もし中国が社会主義国家でないのであれば、「中国は社会主義国家として憲政が必要である」ことを論証することは、フィクションでなくてなんであろうか。華炳嘯は公式イデオロギー言語のもとで執筆しており、中国が「社会主義国家」であることと、[中共の]一党独裁を承認している。この論文は、反改憲派が実際には「国家独裁の機構の強化を主張し」「独占的既得権」を代表すると批判していることは勇気のあることではあるが、そのような主張では、自力で抜け出すことのできない深みに陥ることは避けられないだろう。

筆者は、「中国に憲政が必要である」と「マルクスとエンゲルスはともに憲政に賛成していた」ということを証明するには、マルクスとエンゲルスの最大限綱領ではなく、まずは最小限綱領(すなわち前述の指摘のように民主共和制を追求するという最小限綱領)に依拠すべきだと考える。彼らは、およそ代議制民主主義と普通選挙権すらない国家においては、労働運動はまずその実現に努力し、その要求が実現してはじめて労働運動は将来において民主的な社会(社会主義)を実現するための力と空間を有するという主張を堅持した。しかしこれは別な問題を提起する。では最大限綱領に何の意味があるのか、と。もちろん意味はある。自由主義は権力に対する制限だけを追求する。それ自体は間違いではないが、それでは権力による疎外という病原を根本的に解決しない。人類は最大限綱領(国家機構の漸次的廃止)を実現してのみ、権力による疎外を根本的に解決し、自由と平等を真に保障することができる。最大限綱領の漸次的な実践という手引きがあることで、たとえ最小限綱領の段階であっても、なぜ最も民主的な代議制を堅持しなければならないのかが理解できるからである。それゆえマルクスとエンゲルスは立法権で行政権を制限することを重視し、できる限り国家官吏の権力を削ぎ、「市民社会と世論に政府権力から独立した独自の機関をつくらせる」(原注48)ことを保証し、社会が行政権を凌駕することを保証しようとしたのである。マルクスとエンゲルスの最小限および最大限綱領の弁証的かつ有機的な関係を明確にすることで、反憲政派によるマルクス学説の歪曲がもたらした思想的混乱を一掃することができる。

華炳嘯の憲政支持は、少なくとも反憲政派の御用学者(上記の楊暁青など)に比べるとよっぽどマルクスの本来の意図に近い。だが華炳嘯やその他多くの人々(若干の自由派を含む)は、最小限綱領と最大限綱領との弁証関係に不案内であるがゆえに、「マルクス主義」と自由主義の分裂した一面のみを見ており、継承関係という面を見ていないが、それは間違いである。マルクス主義はその両方を具えており、ゆえにマルクスとエンゲルスは当時においても民主憲政の断固たる支持者であった。御用学者らはマルクスとエンゲルスの著作を引用して両人が憲政に反対したことを証明しようとしたが、それによって自らの欠点を暴露したにすぎなかった。もちろん、マルクスとエンゲルスはさらに進んだ綱領をもっていた。簡単に紹介すると、代議制民主主義の基礎の上に、労働運動を発展させ、将来の適当な時期に労働者人民の民主的政府を樹立し、それから漸次的に社会主義を実現するというものである。このような政府はまだ「社会主義」ではないが、資本主義よりも民主的要素は豊富である。なぜなら広義の「労働者」は工業化社会においては必ず多数だからだ(マルクスの意図に従えば、「労働者」の範囲は「産業労働者」をはるかに上回り、肉体労働者と頭脳労働者を含むものである)。労働者人民の民主的政府というこの綱領は、社会主義と自由主義の分裂という一面ともいえるが、そのような政府には憲政が必要ではないというところに分裂があるわけではない。マルクスとエンゲルスの想定では、資本主義共和国ではむろん民主憲政が実施されていなければならないが、将来の労働者民主政府もその例外ではない。たとえ暫定的な「ディクタトール」[独裁]があったとしても、憲政の範囲内でなければならない。そうでなければどうして民主的と言えるのか、と(原注49)。社会主義と自由主義の分裂の所在は、社会主義は直接民主主義の要素を最大限取り入れることで、人民主権を実現し公共権力の疎外を阻止しようとする。そして本当の民主主義は、資産階級が生産手段(自然資源と土地を含む)を独占する財産制度とは長期的には併存できない(原注50)。

「共産主義」社会において憲法が必要かどうかについては、西側の左翼のなかでも必要だとする意見と、それに疑問を呈する意見もあるが、仮にその答えがどうであろうと、それは遠い将来の想定にすぎず、今日において現実的意義はないことから、本稿の議論の範疇ではない(原注51)。

筆者がマルクスとエンゲルスへの誣告に対して弁護する理由は、両人の著作が自由、民主主義、平等を支持するすべての人々にとって重要な思想的資源であると考えるからであり、さらには真の思想的自由とそれに関する議論が促進されることを希望し、理論的根拠のない公共の議論に終止符を打ちたいからである。中共と若干の反共主義者(原注52)は、実際のところ、ある一点において極めて似通っている。つまり、自らの政治目的のためにマルクスとエンゲルスらの観点を歪曲するという点においてである。このような気風は研究者の議論や公的な政治議論に深刻な影響を及ぼしている。議論を尽くせば必ず真理は明らかになる、というわけではないが、事実に基づいた内容のある公的議論が行われるのであれば、少なくとも認識のレベルにおいては向上が期待され、相互に学び合うことができるはずである。1848年以降、欧州においては自由主義、(社会)民主主義、(西側)マルクス主義がそれぞれ互いに批判する一面だけでなく、互いに学び合う一面もあった。ファシズムだけが互いに学び合うことを必要としなかったのは、その目的がまさに他の思想潮流およびその社会的基礎を殲滅することだったからである。流れに抗しようとする在野の研究者にとって、如何にして意図的な歪曲の気風に抵抗し、健全な議論の気風を促進させるのかが、決定的に重要となっている。
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