10年が経過して~世界中の#MeTooとともに危機の時代を迎え討とう

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▲2008年9月のリーマンショックを受けて記者会見する当時の麻生太郎首相(記事はこちら

今回の福田淳一財務次官のセクハラ事件は、安倍の取り巻きである山口敬之による性暴力を訴えた詩織さんの事件に次いで、まさに日本版#MeTooといってもいい事件だ。

二次被害、三次被害の不安を抱えつつセクハラ被害を訴えた被害者に対して、加害者とされる財務省ナンバー2福田淳一財務次官の上司、つまり財務省トップである麻生太郎財務大臣は、「男性に変えればいい」とか「実際には、やられてないんじゃないの」などという、二次被害、三次被害という破廉恥を通り越す挙動を繰り返しながら、とりわけ2008年9月のリーマンショック以降その破廉恥さを世界規模で増幅させてきたG20財務相・中央銀行総裁に向けて成田空港を発った。

こんなセクハラ大臣にはこう言ってやりたい。

「財務次官、財務官、国税庁長官、そして財務大臣を全部女性にしてください。」

もちろん女性だからといってセクハラをしないわけではないが、一定のブレーキは掛けられるだろう。財務省には有能な女性職員は山ほどいるし、自民党にも生活保護切り捨てを主張し、選挙にもいったこともないのに当選して環境破壊の気候変動対策を公言し、靖国万歳の極右思想をもてあそび、弱い者いじめを平気でやる破廉恥な女性議員は、現在の破廉恥大臣や男性議員ほどではないが、代えはいくらでもいるのだ。

もちろん、破廉恥の金メダルは言うまでもなく首相夫妻だろう。首相は「膿は出し切らなければならない」というが、「首相が膿の親」と批判されている。

しかし問題は膿だけにあるのではない。傷口のある身体全体、つまり資本主義というシステムそのものが病んでいるのではないか。

安倍政権の背骨のひとつであるアベノミクスは、財務省の国債発行を、財務省出身の黒田日銀が支えており、その意味で、財務省の掲げる財政均衡を後回しにさせた破廉恥首相からの圧力を受けつつも一体となって、財務省はアベノミクスを支えてきた。

そして公共サービスや国有財産を貪るリフレ・ボーイズらの無茶振りのなかで、ガバナンスまでも捻じ曲げたことで、もともとあった性差別的な構造や親富裕層の政策に拍車がかかり、財務省では佐川や福田などの膿があふれ出したのだが、アベノミクスを煽るリフレ・ボーイズの跋扈そのものが(そしてそれに対する社会的抵抗の限界が)、資本主義システムの行き着く先だったと言える。

それはまた、リーマン危機への対応としてG20諸国で実施された財政出動というカンフルによってなんとか息を吹き返した資本主義自由貿易体制がつくりだした米国の貿易赤字を、まるで勝手に押し付けられたかのように逆切れするトランプの保護主義政策の登場とも共通する。

日本のアベノミクスも、アメリカの保護主義も、中国の一党独裁資本主義も、差異はあるが共通の資本主義システムが抱える不治の病の病人なのだ。

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破廉恥財務大臣が出席するG20財務相・中銀総裁会合は、97年のアジア通貨危機に対処するために99年に設立された。そしてそれから約10年後の08年のリーマンショックをうけて、それまでの年一回の開催頻度を年数回に増やすとともに、グローバル資本主義の金融危機に対処するために、20カ国の首脳級の会合を設立した。

それから10年が経過した。略奪的金融機関は、公的資金注入というさらなる略奪で救済され、リーマン以降のG20の金科玉条となった緩和マネーによる自由貿易体制の維持によって、いまや空前の利益をあげている。好景気に沸く日本経済は、リーマン危機に先駆けて、この略奪的金融システムを救済し、緩和を実施してきたが、世界規模のリセッションによって、いっそうの金融緩和と借金経済というモルヒネ経済を今も続けざるをえない。

「宗教はアヘンである」と言われるが、その含意のひとつは、苦痛にあえぐ民衆の痛みを緩和する薬としての意味が込められている。だがモルヒネは痛みを緩和するだけで、病気そのものを治すものではない。

08年9月のリーマン危機のときの総理大臣は麻生太郎。翌年2009年9月24日までモルヒネ経済政策をつづけた。それは政権交代後の鳩山内閣にも引き継がれた。

破廉恥とG20で思い出すのは、リーマン危機直後の11月、最初のG20首脳サミットを、麻生太郎は日本の成田空港近辺で開催しようとしたことだろうか。08年のG8サミット(8月)の議長国だった日本で最初の首脳会合を、と提案したが、けっきょくはワシントンでの開催となった。このG20サミットで麻生はIMFに1000億ドルの拠出を約束し、翌年09年2月にローマで開かれたG7財務相・中銀総裁会合に参加した中川昭一財務大臣の酩酊会見もみごとな破廉恥さだった。そしてその酩酊大臣と1000億ドルの拠出の合意文書に調印したのは、のちに性暴力容疑をきっかけにスキャンダルが噴出したフランス社会党のドミニク・ストロスカーンIMF理事長だった。これらの破廉恥事件は多くの謎に包まれているが、すくなくともG20がことあるごとに公言する「透明性」とは正反対の世界が、G20や国際金融の常識ということだろう。

あれから10年が経過した(10年前のブログ内容はこちら)。空前の緩和を続ける日銀マネーに押し上げられた日本経済は、すでにモルヒネを手放せなくなりつつある。あるいはその禁断症状がさらなる混乱とツケを人々に押し付けようとするかもしれない。

08年の世界金融危機は、日本では政権交代を実現させ、NYをはじめとする世界中でオキュパイ運動が登場し、そしてアラブ世界では革命と反革命の衝突を惹き起こしたこともまた一つの真実だ。

97年アジア通貨危機を受けて登場したオルタグローバリゼーション運動は「金融市場を非武装化しよう」と叫んだ。

次の危機を前にしたオルタ・グローバリゼーション運動は、世界中の#MeTooの声といっしょにたちあがろう。
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