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2%と2℃ 異次元緩和と気候変動

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2013年4月4日の記者会見

二期目がスタートした黒田日銀体制は、引き続き「物価2%」を堅持することを明言しました。すでに3月には副総裁にリフレ派の若田部昌澄氏を充て、政策審議員のほとんどをリフレ派で占める構成となったが、この人事案をはじめ、国債爆買い、日本株爆買いなどの異次元の緩和は言うまでもなく「首相案件」です。

4月10日付の日経新聞の黒田日銀の記事はこんな書き出しで始まっています。

「(4月)9日午後の首相官邸。辞令交付で呼ばれた黒田総裁に対し、安倍晋三首相は『物価安定目標に向けて、さらにあらゆる政策を総動員してもらいたい』と語りかけた。黒田総裁は神妙な面持ちで『(政府と日銀の)共同声明を堅持し、2%の物価安定目標に向けて最大限努力する』と返した。」

黒田総裁の「神妙な面持ち」は、「あらゆる政策を総動員するのは政府の仕事でしょ」という日銀の全職員の反感をいくらか意識したものなのかもしれない。

2013年1月22日に「2%の物価目標」という共同声明を政府(内閣府、財務省)と日銀結ぶにあたって、その文言をめぐり、安倍は日銀にかなり圧力をかけたことが『官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか』(軽部謙介、岩波新書)のなかでも、詳細に書かれている。

安倍は2%物価目標の達成に期限を設けることにこだわったが、当時の白川方明・日銀総裁は、日銀プロパーとしての常識的判断から、それには首を縦に振らず、結局「できるだけ早期に」ということで共同声明の文言は落ち着いた(押し付けられた)。

◎デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)
 2013年1月22日 内閣府・財務省・日本銀行
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/nichigin_accord.html

白川総裁は任期満了の2013年4月8日を待たず、3月19日付で日本銀行総裁を辞職した。整合性のとれない金融政策に責任を持つことはできない、という不満があったことが予想される。

それを受けて3月20日に日銀総裁に就任したのが現在の黒田東彦氏。4月4日、就任後最初の政策委員会・金融政策決定会合で「日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」と、期限をつけた異次元緩和策を決定した。この期限をつける、というのも言うまでもなく「首相案件」だ。

◎量的・質的緩和の導入について(日本銀行2013年4月4日)
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130404a.pdf

しかしその後、目標達成期限は6回先送りされ、現在は「2019年度ごろ」としている。「19年」ではなく「19年度」なので2020年春先まで延長して考えることは可能だ。

金融政策で物価目標を達成することが無理筋なことは早くから言われている。無理筋を通してきた結果、日銀の国債保有量は黒田総裁が就任した2013年3月の125兆円から、今年3月には450兆円に増え、日本国債全体の約4割を日銀が買っている状態だ。

2%の物価目標が誤りであったことをできるだけ早く認めることが必要だ。達成されようとされまいと、現在のシステムからは、危機を拡大させてきた異次元緩和のツケは、労働者と自然からの搾取で補うことしか考えつかない。

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ツケを自然からの搾取(=環境汚染)で補うとことの具体例は、GDPの倍以上藻に膨れ上がった国債を、利潤を媒介とした経済成長によって解消することを想定する現在のシステムが、200年以上にわたっておこなってきた自然と人間に対する仕打ちをみればわかる。大量生産と大量浪費によって回復不可能な自然破壊が全世界で、このシステムの周辺で生存してきた人々を「気候難民」として追い詰めている。

一方、2003年COP3の京都議定書以降、気候対策に排出権取引(汚染する権利を売買すること)やクリーン開発メカニズム(途上国への技術支援=債務付)など、いわゆる「京都メカニズム」が導入されたが、それは「市場メカニズム」の導入であり、System Changの理念とは180度逆だ。

2009年、政権交代した民主党・鳩山由紀夫首相がコペンハーゲンでのCOP15で2020年までに90年比25%の温室効果ガスの削減目標を示し、新たな資金メカニズムである「緑の気候基金」に1.75兆円を拠出することを表明し、「鳩山イニシアティヴ」ともてはやされたが、それは前政権の福田政権のクールアース・パートナーシップを引き継いだものに過ぎなかった。

COP15では、全会一致の原則である決議を出すことができなかった。ボリビア・モラレス政権が反対したからだ。先進国は歴史的な気候債務を支払うべきだ、というモラレス大統領の「大統領案件」は、大きな反響を呼んだ。

COP15を中継したデモクラシーナウの番組に出演したモラレス大統領は、締約国が主張する気温の上昇を2度未満にとどめるという提案に対して「1度だ」とも。

◎『でっとばい 不当債務帳消ニュースレター』2010年4月号
http://socialforum.jp/debtbye/DebtBye03.pdf

さて、この「2度」の目標ですが、まったく不十分であり、先にみたように「市場メカニズム」によって気候ビジネスがまん延するなかで、ほんとうに達成することができるのか、という疑念がわいてこないわけではありません。「2度」未満にするには、成層圏に硫酸(大気圏に劉さん←日経電子の版由来の変換ミスです。そんなことしたら大変ですね…:稲)をまいて地球全体を冷やすなどというトンデモ科学のジオ・エンジニアリングもありますが、基本は温室効果ガスでいちばん影響のある二酸化炭素の排出を大幅に削減する、ということが主流の考えです。

2%の異次元緩和の「できるだけ早い時期に」とは逆に、こちらの「2度」「大幅に」という約束はかならず守られなければならないのですが、2%と同じく、その目標実現は、ずるずると先延ばしにされています。

たとえば日本政府がパリのCOP21にむけて提出した温室効果ガスの削減目標は、2030年度に2013年度比で-26.0%(2005年度比-25.4%)の水準というものです。これは90年比でいうとわずか18%しか削減されていないことになり、しかも実際に削減するのではなく、汚染する権利をカネで売り買いすることも含めた、あまりにもお粗末と言わざるをえないものです。

ところが、そんな日本政府に朗報が!

なんと、温室効果ガス削減と気温上昇2度未満の目標は直接結びつかない、という研究成果が、国立研究開発法人国立環境研究所 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室(長い!)の田中克政主任研究員から発表されました。

◎パリ協定の温度目標とゼロ排出目標の整合性 2つの目標は必ずしも一致しないことが明らかに(2018年3月26日)
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20180326/20180326.html

要旨はこうです。

「パリ協定は、気候変動の脅威に対応するための世界的な取り組みで、温度上昇を2°C未満に抑える(理想的には1.5°C未満)という目標を掲げています。また、パリ協定は各国が温暖化の原因となる温室効果ガス(二酸化炭素やメタン等)の排出を今世紀後半に正味ゼロまで下げるというゼロ排出目標も掲げています。しかし、この2つの目標がどのような関係にあるのかはまだ十分に理解されていません。ゼロ排出目標は温度目標を達成するのに十分なのか、本当に必要なのかを検討する必要があります。」

「本研究では、コンピュータシミュレーションにより、様々な可能性のシナリオを分析し、排出削減と温度目標の関係の解明を試みました。その結果、2つの目標は必ずしも一致しないことが分かりました。また、短期的に急激な排出削減を行えば、正味ゼロまで排出削減を行わなくとも温度目標が達成できる可能性があることも示唆されました。」

分析の詳細は上記リンク先を参照してもらえればと思いますが、はたしてこれがSystem Changに役立つ研究なのか、ちょっと迷ってしまいます。

もちろん、この研究では一方で、

「排出を正味ゼロまで削減できたとしても、削減に早期から着実に取り組まなければ、温度目標を達成できないかもしれません。……従って、ゼロ排出を達成するタイミングが非常に重要になります。パリ協定で明記されている今世紀後半ゼロ排出という目標を達成しても、排出削減が遅ければ、同じく明記されている温度目標を大きく外れることがあります。」

とも結論付けており、その意味では、早く着手すべきだとも取れますが、早く着手するためには少々目標水準が低くても仕方ない、というふうにも誘導可能となります。

エコ社会主義が重視する温室効果ガス削減の最大の政策は、労働時間の大幅な削減ですが、それを踏まえて敢えてたとえ話をすると、月100時間の残業と心不全の過労死の関連がなかったことを証明するような検証みたいです。過労死の原因は複合的なものであり、単純に時間だけでなく、密度も大きく影響しており、また物理的側面だけでなく、ストレスという心理的側面も大いに関係しています。「100時間残業しても死なない人はいる」とか「週休七日ということですか」というようなことが平気でいわれる資本主義システムにおいては、より厳しい制限が必要です。労働時間も労基法では残業禁止のはずですが、というか「労資協調メカニズム」という「市場メカニズム」の抜け穴がまん延しているのが現状です。

この研究成果の公表の少し前にも、おいおい大丈夫かよ、という研究成果が発表されています。

◎気候の自然変動が大規模森林伐採による二酸化炭素の排出を相殺した現象を世界で初めて検出! ~東南アジアの生態系によるCO2排出量が2000年代に減少した原因を解明、地球温暖化現象の理解に向けて新たな足掛かり~(2018年3月20日)
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20180320-2/20180320-2.html

読んでもらえれば分かりますが、インドネシアで大規模伐採してCO2排出量が増えたけど、自然現象のエルニーニョが起こらなかったのでCO2排出量が減って、相殺された、と。

……それって、なんか地球規模の他力本願っぽくないですか。

2%の物価目標も、「そうなるだろう」という期待に働きかける政策ですが、同じ轍を気候変動対策でも踏まないようにしてもらいたいと思います。







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