映画『残像』の残像記…東京新聞夕刊コラム「大波小波」を読んで

「立憲民主党かぁ、ロシア革命100周年だし、アリかなぁ」、「エスエルやメンシェビキはいるがボリシェビキはいないなぁ」などと思いながら昨日(10月2日)の東京新聞夕刊を読んでいたところ、文化面のコラム「大波小波」は「ソビエト文学に光を」と題する短いコラムが掲載されていて、ちょっとびっくりしたので書いてみました。以前こちらのブログでアンジェイ・ワイダ監督『残像』を紹介しましたが、それに関連するようなことだったので。

東京新聞のコラムでは(映画『残像』で描かれていたような)「体制を擁護し、革命プロパガンダとしての社会主義リアリズム論は、スターリン死後の1950年代の雪解けと91年のソ連崩壊で歴史的に葬り去られた。しかし崩壊とともにソビエト文学全体も忘却の彼方だ」と述べ、19世紀ロシアの伝統を受け継いだショーロホフ『静かなドン』や、革命で母国を追われたナボコフなどの一群の流浪文学、体制への抵抗文学であるサミズダート(地下出版)、ソルジェニーツィン、そして革命前からのロシア文学の伝統であったSFなどは「偉大な財産」であり、それらをなかったことにするような風潮を嘆いています。

なにがびっくりしたのかというと、文末のコラムの筆名がなんと「トロツキー」だったのです。

じつは、『残像』を観たあと、搾取も抑圧もない社会をめざす人々があの時代に、何を考え、どう行動したのかをさらに知りたくていくつかの文献にあたっていたのですが、そのなかのひとつにトロツキーが1938年に書いた「革命的芸術と第四インターナショナル」というわずか3ページの短い文章がありました(『トロツキー著作集 1938→39上』中野清訳、酒井与七解説、柘植書房に収録)。

その文章の冒頭3分の1は、諸般の事情で第四インターナショナルの創設大会に参加できないこと、第二インターナショナル(社会主義インターナショナル)、第三インターナショナル(コミンテルン)、そしてアナキストにたいする批判的コメントが述べられており、「人間性の破滅と腐敗を防ぐために、プロレタリアートは先見の明ある、誠実で、恐れを知らぬ革命的指導部を必要とする。過去の敗北と勝利の全経験に基礎をおいている第四インターナショナル以外に、何ものもこの指導部をもたらすことはできない。」という創設大会に向けた檄文です。

それに続くのが、本題の「芸術について」です。

しつこいですが、読んでみてびっくりしました。

アンジェイ・ワイダの『残像』における全体主義による「社会主義リアリズム」を正面から批判するような内容だったからです。どうしていままで誰も教えてくれなかったのか、というのもびっくりなのですが…。

トロツキーは、以下のように述べて、芸術を指導しようとするスターリニズムの醜悪さを告発し、創造的活動の持つ自立性を擁護しています。すこし長いですが、『残像』を見た人にとっては、よく分るメッセージだと思いますので引用しておきます。

「現在の資本主義の解決しがたい危機は、それとともに、芸術を含む全人類文化の危機をもたらしている。ある“点”で、全世界の情勢は有能で感受性の鋭い芸術家たちを革命的創造への道へとかりたてている。しかし、この道は悲しいかな、改良主義とスターリニズムの腐敗しつつある死骸によって妨害されている。」

「プロレタリアートに敗北と屈辱以外の何物ももたらさない、いわゆる共産主義インターナショナル[スターリン指導下のコミンテルン]は、国際的なインテリゲンチャの左翼の知的生活と芸術活動を指導し続けている。」

「反動的な官僚の独裁は、全世界の知的活動を窒息させ、あるいは堕落させている。ソヴィエトの絵画とか彫刻の模造物を肉体的嫌悪感なしに見ることは不可能である。そこでは、画筆で武装した役人たちが、銃で武装した役人たちの監視のもとで、実際には才能や偉大さのひとかけらのひらめきも持たない彼らのボスたちを、“偉大な”人間であるとか“天才”であるとかと賞賛しているのである。スターリニズムの時代の芸術は、およそプロレタリア革命が経験した衰退の中で、最も底知れぬ衰退の最も劇的な表現として、歴史に残るであろう。」

「革命的運動の新たな高揚のみが、芸術を新たな展望と可能性をもって肥沃にするであろう。第四インターナショナルが、芸術を指導するという任務を負うこと、すなわち、命令を与えたり、方法を指図したりすることが、できないことは明らかである。芸術に対するそのような態度は、全能の力に酔いしれたモスクワ官僚にしか思いつくことはできない。」

「芸術や科学はパトロンを通して根本的性格を見いだすものではない。芸術は、その存在そのものによって、パトロンを拒否する。創造的な革命活動は、それが社会的発展のために意識的に奉仕する時でさえも、それ自身の内的法則を持っている。革命的芸術は、虚偽、偽善、なれあいの精神とは相いれがたい。詩人、芸術家、彫刻家、音楽家は、もし大衆の革命的運動が今日人間性の地平を暗くしている懐疑主義と悲観主義の雲を晴らすならば、彼らの道と手段を彼ら自身の手で発見するであろう。」

どうでしょうか。当たり前のことを言っているにすぎなのですが、当時のあまりにひどい芸術に対するスターリニズムの介入に対して、この正論が通じなかった時代を、あらためて恐ろしく感じます。

最後に、なぜトロツキーがこんな文章を書いたのか、ということがわかる個所を引用しておきましょう。

「プロレタリア革命家の眼のみならず、私が職業としている芸術家の眼から、第四インターナショナルの歴史的使命について一べつを加えるのを許していただきたい。私は私の活動のこの二つの分野を切り離したことは一度もなかった。私は、私のペンを、私の個人的気晴らしの玩具とか支配階級の気晴らしの玩具として用いたことは一度もない。私はつねに自分自身に、労働者階級の苦悩、希望そして闘争を描写することを強制した。なぜならば、それが、人生への、したがって、その切り離しがたい一部である芸術への、私のアプローチの仕方でもあるからである。」

りっぱな言葉です。そして、トロツキーの次の言葉が刺さります。

「私は、私のペンを、私の個人的気晴らしの玩具とか支配階級の気晴らしの玩具として用いたことは一度もない。」

ヤバ─(´゚ω゚`|||)─イ!!!

どうかみなさんの気晴らしになったことを祈りつつ、最後まで読んでいただいた方に、お礼とお詫びがてら、東京新聞のコラムを貼り付けておきます。東京新聞の試し読みや購読はこちらからのようです。

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2017年10月2日 東京新聞(夕刊)
5面コラム「大波小波」

ソビエト文学に光を

ロシア十月革命から100年たつ。この間「社会主義」の名のもとに、世界中で多くの人々の血が流れた。まさに20世紀は社会主義思想の実験場だった。だが100年を契機に再考の動きは目立たない。たとえば『ロシア革命とソ連の世紀』(岩波書店)シリーズは、戦争、革命、経済などの切り口で論が豊富だが、文学分野から革命とその後の「ソビエト文学」の検証本は皆無である。体制を擁護し、革命プロパガンダとしての社会主義リアリズム論は、スターリン死後の1950年代の雪解けと91年のソ連崩壊で歴史的に葬り去られた。しかし崩壊とともにソビエト文学全体も忘却の彼方だ。たとえばショーロホフ『静かなドン』は19世紀ロシアの伝統を受け継いだ大作であり、革命で母国を追われたナボコフなどの一群の流浪文学、体制への抵抗文学であるサミズダート(地下出版)やソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』も光を放つ。そしてSFは革命前からのロシアの伝統だった。偉大な財産である。最近の歴史を歪曲し、なかったことにする風潮を危惧する。年表の丸暗記ではなく、人間の影が蠢き吐息が聞こえる感性と、経験を紡ぎ出す知性が求められている。(トロツキー)

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