「全世代型」ではなく「全世代から」収奪するアベノミクス型日本資本主義--『不当な債務』の解説から

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騙されるな!

このブログを読んでいただいている方には、改めて言うまでもないことですが、安倍首相の解散策動に伴った「全世代型社会保障」というアベノミクスのうわ塗り政策のこと。

これは「全世代型」ではなく「全世代から」さらに搾取するための日本資本主義の延命策に他ならない。

訪米中の安倍首相が、ニューヨーク証券取引所で「日本の社会制度を全世代型にする」と演説した。これは、世界の金融資本家にむけて「バイ・マイ・アベノミクス」(アベノミクスは買いですよ)とあけすけに語った2013年9月以来のこと。まだ官邸に全文が掲載されていないので、掲載されたらまたこのブログで批判的に紹介したいと思う(スピーチの概要は外務省サイトにて)。

巨額の財政出動と中央銀行を動員してやったことは日本資本主義の延命であり、具体的には株価と円安の下支え。これは秘密法、戦争法、共謀罪にいたる一連の国家安全関連法の制定とあわせて、90年代から続いた日本資本主義経済の黄昏期が、2008年以降のグローバル危機を契機として混迷する世界経済の弱肉強食のジャングルで生き残るチャンスの光明を探し求めるためのものであった。アベノミクスは、弱肉強食の生存競争の意識的な継続政策である。グローバル資本主義の生存競争は、まったく違うまだ見たこともない社会をめざすグローバルな人々の協働によって意識的に終わらせない限り、自然環境の破壊と戦争(の危機)を伴いながら続くしかない。

安倍首相のNY証取所演説批判は、あす以降の宿題として、以下ではいま読み進めている『不当な債務』(フランソワ・シェネ著、長原豊・松本潤一郎訳、作品社、2017年8月)に収録されている芳賀健一さんの解説を手引きに、安倍首相の「全世代型社会保障」という看板にすげ替えたアベノミクスの日本資本主義の財政政策を批判したいと思う。

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安倍首相の解散に向けた指示という一斉リークで、日本(資本家)経済新聞は連日一面トップで資本家政府のための世論誘導をおこなっている。

9月19日朝刊一面トップ「消費増税 使途変更問う」「首相、教育無償化に」「財政健全化遠のく」

記事ではこう述べている。
「5%から10%への増税で見込む税収約14兆円のうち、11.3兆円を国債償還や基礎年金の財源など財政健全化に、2.8兆円を社会保障の充実にそれぞれ充てることになっている。」

三面見出し「基礎的収支 さらに悪化も」「“痛み”緩和を優先」「首相、現役世代の不安 配慮」

記事ではこう述べている。
「与野党[自公民]で12年に合意した税と社会保障の一体改革では、消費税引き上げ5%のうち、4%を年金国庫負担や借金の減額、1%分を社会保障の充実に充てる計画だった。」
「消費税収は年金、医療、介護、子育て支援の4経費に充てるとされているが、税収の不足分は19兆円を超す。」

9月20日朝刊一面トップ「財政黒字化目標 先送り」「消費増税 教育に1兆円超」

記事ではこう述べている。
「安部晋三首相は2019年10月の8%から10%への消費増税の増収分のうち、1兆円超を教育などの充実策に振り向ける検討に入った。」「財政再建にまわる税収が減るため、20年度としてきた基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標の達成も先送りする意向だ。」

「消費税率を現在の8%から10%に引き上げると、増収分は5兆円台半ばになる見込み。政府は約4兆円を借金の返済にあて、約1兆円を医療・介護など社会保障の充実策に充てる計画だった。」
「首相は、高齢者だけでなく現役世代にも手厚い“全世代型社会保障”を掲げる。」

三面見出し「財政黒字化 見えぬ道筋」「歳出の拡大 止まらず」「消費税収 膨らむ使途」「全世代型社会保障、教育も対象」「若い世帯の不安解消も」

記事ではこう述べている。
「5%から10%への消費増税による増収分は7.3兆円を次世代への借金の先送りの削減に使われることが決まっていた。」
「本来は財政健全化のための消費増税だが、今後、歳出拡大のための材料に使われる可能性がある。」
「首相がうたう“全世代型社会保障”の理念を前向きに評価する声は大きい。」「とりわけ、幼児教育の拡充は、投資効果が高いとされる。待機児童解消は待ったなしの課題だ。」

そして同日付の社説「与野党は財政・社会保障で責任ある論議を」は、さも不満げにこう述べる。

「(人づくり革命に)消費増税分を充てる案が浮上した形だが、安易な使途拡大は許されない。大学教育の無償化などは問題が多く、人材投資は費用対効果を見極め厳選すべきだ。社会保障費も聖域ではなく、一段の効率化と抑制の努力が要る。」
「借金の返済というと後ろ向きに聞こえるが、財政健全化は、超高齢化社会に向けた社会保障制度の安定と表裏一体のものだ。」

茶番も茶番、日本(資本家)経済新聞が日本(資本家)政府に向けて「責任ある論議」を呼びかけているが、これは資本家の支配する世界に対する責任を言っているにすぎない。

ぼくがこう断言するのは、日本(資本家)経済新聞や日本(資本家)政府が資本家の利益を損なうことなしに日本資本主義の危機を乗り切ろうとしていることが、ありありと見えるからだ。

『不当な債務』(フランソワ・シェネ、作品社)に収録されている芳賀健一さんの解説「国家の債券市場への隷従――財政赤字、国債、中央銀行」を読めば、日本(資本家)経済新聞や日本(資本家)政府の言っていることがどれほど茶番であるかが、1990年代以降の(そして戦後間もなくの時期も含め)日本資本主義の直面する問題を具体例としてあげながら理解することができる。

以下、箇条書きや抜き書き程度になるが、芳賀さんの論文を紹介する形で、日本(資本家)経済新聞や日本(資本家)政府の茶番を解き明かしたいと思う。読みやすくするために、数字などのデータはなるべく省略するので、具体的な数字などを知りたい方は、ぜひ直接本書を手に取ってほしい。

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以下、芳賀健一さんの解説「国家の債券市場への隷従――財政赤字、国債、中央銀行」からの抜粋。小見出しは、わかりやすいように引用者が付けました。

◎財政赤字解消ができないのは政治の問題

「財政赤字(D)は政府支出(G)が税収(T)を上回ることで発生する。だから財政赤字の問題の解決は簡単だ。政府支出を減らすか、税収を増やすか、あるいは両者を併用するかすれば、赤字は解消する。」(195頁)

「政府の規模を“税+社会保険料”の対GDP比率でみれば、先進国のそれはネオリベラル政策のかけ声とは裏腹に、1980年代以降に上昇こそ止まったものの低下はしていない。……社会保障は現代国家に確実に埋め込まれている。年金、医療、教育そして困窮者への公的扶助は民間企業や慈善団体ではなく“一般政府”(中央・地方政府+社会保障基金)によって担われるべき社会支出であり、その増加は国民の幸福度を高める。財政赤字が持続する主因は支出面よりも税収面に、すなわち選挙での敗北を恐れて、政治家が増税回避政策ないし減税政策を取ることにある。」(196頁)

◎財政赤字は投資家に忖度し、経済政策の自由度を狭める

「(ギリシャの政府債務残高の対GDP比率の)2倍弱の日本が政府債務を増大させうるのは、なぜであろうか。……政府の支払い能力の根拠はその徴税権ならびに課税ベースをなすGDPにある。投資家は政府が税金を徴収して元本と利子を支払いうると判断して国債を購入し保有する。」(200頁)

「国家が債務不履行に陥る閾値を示す客観的な比率は存在しない。それゆえに赤字国債発行に歯止めがかからず、安易な増税回避策が可能になる。財政赤字には利点と欠点の双方が存在する。利点はケインズ的理解である。資本の限界効率の低下のゆえに投資が減少し、失業が増加する不況期に、政府が赤字財政で有効需要を創出して補完すれば、景気の後退を緩和し回復に誘導できる。ただし……慢性的な財政赤字はケインズ政策ではない。……財政赤字の欠点は、政府財務増大が、投資家の移ろいやすいセンチメントにつねに脅かされて、マクロ経済政策の自由度を狭めることだ。」(202頁)

◎赤字国債は「(自民党の言う)将来世代への借金の先送り」ではない

「赤字国債は将来世代への借金の先送りだとする批判がある。(まさに日本(資本家)経済新聞がそうだ!:引用者)マクロ経済学の泰斗ボーモルはこの“世代先送り論”を合成の誤謬であり、“誤解”だと批判する。いま発行された国債は現在の貯蓄で購入されるのだから、赤字財政を負担しているのは現役世代だ。また例えば10年後に政府がこの国債を償還し、その資金を税金で賄う場合、満期国債の所有者はそのときに徴収された税金を受け取ることになる。国債所有者も税負担者も富裕層であろうから、アダム・スミスの表現を使えば、“納税者の左のポケットから右のポケットに貨幣がたんに移動するだけだ”」(208頁)

◎富裕層に課税し、財政赤字を回避するほうが道理にかなっている

「ボーモルの立論の前提は、発行される国債が富裕層の現在の貯蓄で購入され、将来の時点で富裕層が支払う税金で償還されることだ。しかも増税回避と減税の租税政策で増加した富裕層の貯蓄は、このかん安全な国債に直接・間接に投資されて利子を稼いでいる。そうであれば、いま富裕層に課税し、財政赤字を回避するほうが道理にかなっている。」(207頁)

◎古典派の経済学は間違っている

「企業貯蓄が増えれば、投資が増えるとも主張されている。だが企業が能力増強の設備投資を意思決定するのは“内外の需要動向”、つまり売上高の増加が中期的に期待される場合だ。……利潤増加が能力増強投資の増加に直結しない事実は、現時日本の企業行動が如実に証明している。そもそも利潤、したがって貯蓄は必ず投資される、あるいは貯蓄が投資に先行するという“古典派”経済学の論理は誤っている。…投資が必ず同額の貯蓄を生み出すのだ。」(208頁)

◎大資本と富裕層にとって、日本自体が巨大なタックスヘイブン

「日本の法人実効負担率は国際的にみて決して高くない。巨大企業ほど持ち株からの受取配当金が増え、益金除外の恩恵に与る度合いが増すなど、企業会計上の利益を税法上の利益に大幅に減額する措置が適用される……さらに1990年代半ば以降、巨額の不良債権を処理してきた大銀行は繰越欠損金の会計処理を認められ、実際に利潤をあげながら10年以上も法人税を減免されてきた。富裕層も優遇されている。……1億円を超える所得の多くは給与よりも株式の配当金や譲渡益が占めるようになるが、後者の所得には分離課税で20%しか課税されず、しかも10%に軽減する優遇措置が2013年まで取られてきた。巨大企業や大銀行そして富裕層にとって、日本自体が一大タックスヘイブンなのだ。株式のインカムゲインとキャピタルゲインは典型的な不労所得なのだから、相応の税負担こそ正義にかなっている。」(209頁)

◎財政赤字解消は必要だが、それは応能負担の原則にもとづく租税政策で実現すべき

「公的債務が累増すれば、財政政策と金融政策の自由度が著しく制約されるから、また根本的には上述した経済原則に反するから、財政赤字の削減は必要なのだ。手段は社会支出削減等の歳出面(G)ではなく、歳入面(T)にある。すなわち法人税の課税ベースを正常化して税法上の利益を企業会計上の利益に近づけ、また所得税を総合課税に一本化して累進性を強化する(すくなくとも1980年代半ばの水準に戻す)租税政策である。これは累進性の(ほどほどの)強化を除けば増税政策ではなく、応能負担の原則にもとづく租税政策の“正常化”にすぎない。」(210頁)

◎賃金抑制と非正規雇用拡大が日本経済の機能不全を永続化している

「現在の(日本の実体経済の)機能不全のきっかけは1997年末に始まる金融危機であった。……バブル期におこなった不動産関連融資は、1991年以降の地価下落と土地取引の激減で不良債権化し、さらに不況による不良債権も付け加わってきた。……1997年末から大銀行が破たんし、金融危機が深化して、2005年春まで金融不安定性が持続した。……企業は…投資を手控え、家計は…消費を抑制した。総需要が収縮する過程で、実体経済を担う企業は破滅的な価格引き下げ競争を展開し、同時に利潤を確保するために、もっとも安直な賃金引き下げの雇用戦略を取った。……人件費削減策の一つは正規労働者の新規採用抑制、賃金抑制、長時間労働であり、もう一つはもともと低賃金で雇用調整も容易な非正規労働者の雇用比率引き上げであった。……非正規労働者による正規労働者の代置こそが雇用者報酬を減少させた主因である。……企業レベルでは、単位労働コストが低下して、価格を引き下げても利益を上げることが可能になった。かくして賃金低下と物価下落が相乗的に進行してきた。現在のデフレが“賃金デフレ”と特徴づけられる所以である。」(212頁)

◎社会保障は日本経済の落ち込みを防いできた

「企業と家計の所得が低迷すれば、直接税収入が低迷するのも当然だ。2015年度は…逆新政の高い消費税が直接税の減少をカバーする構図を鮮明にしている。とはいえ1930年代初めの合衆国の大恐慌のようにGDPが半減するほど悪化しなかったのは、輸出の増加や家計貯蓄率の低下に加えて、上述のように年金や医療あるいは公的扶助などの社会支出が自動安定化装置として機能し、家計消費の落ち込みを防いだからだ。……財政政策が経済成長を回復させる効果に乏しいのは、肝心の蓄積レジームが賃金低下で機能不全に陥っているからだ。」(213頁)

◎消費税率増加という愚策ではなく、有効需要政策とまっとうな雇用政策を

「いま必要な政策は有効需要政策の意味合いをももつ福祉政策と並行した、労働政策であり賃金政策である。あるいは雇用の社会制度の改革だ。国民経済レベルでの貨幣賃金上昇率の決定方式は“生産性上昇率+目標インフレ”が適切であり、近年では3-4%の引き上げが望ましい。企業はこの貨幣賃金上昇率の一部を生産性上昇率で相殺し、残りを価格に転嫁するからミクロのコスト面からデフレを脱却できる。同時に、賃金の増加は家計消費を増大させて、マクロ面から破滅的価格引き下げ競争を抑制する一方、内需向け能力増強の設備投資を促し、雇用を増大させる。法人税も所得税も増加する。この機能不全メカニズムからすれば、消費税率引き上げは消費を一段と落ち込ませる愚策である。」(214頁)

◎政府介入で賃上げを

「主流派のマクロ経済学者、ブランシャール=ポーゼンは……政府が…春闘での賃金決定に介入し、その権限で賃金を引き上げるよう提案している。政策手段は、企業が賃金を引き上げるまで法人税減税を認めない、公務員の賃金を引き上げる、最低賃金を引き上げるといった策である。」(215頁

◎戦後直後の日本政府の借金棒引きは国民負担によって

「アジア太平洋戦争に敗北した1945年度末の…政府債務総額の対一般会計歳入額比率は849%であった。これを“棒引き”にした要因は二つある。一つは1949年まで続いたハイパーインフレーションであり……もう一つは“戦時補償債務”の打ち切りである。(戦中、政府は軍需生産によって民間企業が被る損失を補償する約束をしており)、政府は戦後もこれを支払い続けたが、占領軍の指令で46年に打ち切ることになった。政府はその徴税権を行使し、企業の戦時補償請求権に対して税率100%(!)の特別税を課して文字通り“棒引き”にした。こうして発生した巨額の損失を企業は減資等だけでは賄いきれず、打ち切り関連法によって借入金を大幅に免除してもらった。銀行は、この債権放棄の損失を減資等に加えて“封鎖預金切り捨て”で処理した。最後は国民負担であった。」(216頁)

◎バブル崩壊後の3度の政府関与では大型銀行の破たんに対処できず

「バブル崩壊後の金融機関による巨額の不良債権処理は、“戦時補償”打ち切りに続く戦後二度目の事件であった。1991年に始まる金融危機への政府関与には三つの節目があった。一回目は、92年夏に銀行の担保不動産を財政投融資資金などで買い取る計画であった。……(これは)財界主流の反対で立ち消えになった。二回目は1996年の金融三法と住専処理法の成立であった。……住宅金融専門会社の破綻処理に税金から6850億円が投入された。……政府は金融三法で金融危機管理体制が完成したと誤認した。そして三回目が1998年以降の金融危機管理システムの再編・強化に伴う政府の資金供与であった。金融三法体制は大型の銀行破たんに対処できなかった。」(217頁)

◎公的資金投入額は国家予算を上回る116兆円!

「2009年3月末までの不良債権買い取りや資本注入などでの公的資金投入額は約47兆円、これに中小企業への特別信用保証等を加えると約88兆円になる。筆者が『国民経済計算報告書』から試算した1991~2005年の15年間にわたる不良債権処理額は民間・公的金融機関の全体で116兆円、全国銀行のみでは96兆円であった。」(217頁)

◎バブルによる銀行の損失は10兆円の税金でまかなわれた

「合衆国のサブプライムローンと違って、日本の不動産関連融資は“証券化”されず、バランスシートに残されたから、金融機関が処理するしかなかった。その原資は金融機関の期間利益、株式等の含み益、そして戦後営々と積み上げてきた余剰金であった。これらをすべて吐き出した結果、銀行の自己資本は枯渇し、上述のように政府から資本注入を受けた(具体的には預金保険機構が民間銀行から借り入れた資金で、実質的に破たんした銀行の発行する優先株等を購入し、この借入金に政府が信用保証した)。…ドイツやフランスの銀行が抱えたサブプライム“有毒資産”やギリシャ国債投資の損失処理とは異なり、日本の銀行は融資戦略の失敗、“貸し手責任”を否応なくとらされた。とはいえ政府は預金全額保護を約束したため、預金保険の限度額(1000万円+利子)を超える破たん金融機関の損失額、10兆円強を一般会計から、つまり税金で負担した(これは支出済みだが、上記の政府資金のすべてが回収されたわけでなく、追加損失もありうる)。」(218頁)

◎日本の金融機関による10兆円強の“汚れた債務”!

「税金での住専処理負担6850億円にあれだけ憤激した国民が10兆円強の“汚れた債務”については口をつぐんでいる。銀行は“繰越欠損金”で法人税を免れるのではなく、むしろ金融システムを維持してもらった代償として、この10兆円強(および今後予想される追加損失)を、例えば2010年にオバマ大統領が法案として提出した大銀行負担の“金融危機責任納付金”といった形態で国民に返納すべきであろう。」(218頁)

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以上、引用がながくなった。

芳賀さんの紹介する方策は、言うまでもなく100%資本主義の枠内での改革であるが、それでも日本(資本家)経済新聞や日本(資本家)政府のいう方策が、いかに破廉恥であるかを明らかにしている。

とくに最後の「10兆円強の“汚れた債務”」の提起は、毎年10兆円近くも金融機関に支払われている国債利子のことを想起すると、「次世代にツケを回さないように借金返済のための財政健全化を優先せよ」とった日本(資本家)経済新聞の破廉恥な主張のでたらめさが改めて浮き彫りになる。

芳賀さんの解説は、このあと「ギリシャの債務危機と“棒引き”の現実性」と題して、著者のフランソワ・シェネさんの本書の本編が書かれて以降のギリシャ債務の経過を追っている。これは本書の本編、そして別記事で紹介した『ギリシャ危機とゆらぐ欧州民主主義』にも詳しく描かれているが、あれこれと忙しくまだ積読状態だ。

9月19日付の日本(資本家)経済新聞は、特集として9月11日に官邸で初会合が行われた茶番劇「人生100年時代構想会議」を11面全面で取り上げており、幼児教育の無償化や高等教育の負担軽減などを取り上げている。これらの施策は経済成長にはプラスだが巨額財源が必要になるという論調である。

しかし注意が必要なのは議論されているのは「保育園落ちた 日本死ね」という切実に訴えた若い世代の声が必要とした「幼児保育」ではなく、日本資本主義にとって将来の労働力となるための「幼児教育」であり、労働者からの搾取でまかなわれる「こども保険」は福祉ではなく教育産業という名のあらたなビジネス産業に支出されることになる。

高等教育の負担軽減においては、金持ち増税ではなく庶民増税で賄われる「教育国債」の発行が想定されており、国による授業料の一時肩代わりの返済では学生時代に納税者番号を登録しておき卒業後に課税所得が一定額を超えると銀行口座などから差し引かれる仕組みであり、これは問題の多い個人番号制度の運用と一体のものである。カネ持ちの税逃れを捕捉すると言われた個人番号制度が、おもに低所得者層が利用すると想定される給付型奨学金をはじめとする高等教育の負担軽減を口実として使われる。

自民党内ではこれらの安倍首相の新たな施策に対して「将来世代にツケを回す」と反発がでているという。騙されるな!ツケは「将来世代」にではなく、「労働者世代」に回されるにすぎない。

同日の次のページの13面では、働き方改革について全頁を使って特集している。長くなりすぎたので、これについての批判はまたあらためてやりたいと思うが、働き方改革にける「脱時間給」は労働時間という資本に対する規制を取り払うものであり、「残業規制」とは残業既成のための改革であり、同一労働同一賃金は非正規という契約ではなく非正規という言葉をなくす(=非正規をふつにする)ための大きな流れの中に位置づけられているものであり、それは日本資本主義の延命のための働かせ方改革であり、資本主義の枠内での改革あるいは対抗策をいくら論じても、これに対する効果的な批判や対案にはならない。

郵政産業労働者ユニオンの組合員である期間雇用社員による労働契約法20条裁判の勝利判決は、働き方改革における同一労働同一賃金の指針案とそれに基づく法改正の趣旨を先取りしたものとして取り上げられているが、裁かれた内容の本質は契約社員という不安定雇用契約の不合理さを照射したものであり、たたかう労働運動は現場の労働者の要求をくみ上げながら、その本質をさらに普遍化させようとするだろう。この取り組みをすべての人が支援する必要がある。

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財政黒字化?その通り!大企業と富裕層へのこれ以上ないほどの累進税率の引き上げを通じての増税を!

全世代型社会保障?その通り!巨額の公的資金で生き残った金融資本を犠牲にした借金棒引きによって!

賃金引き上げ?その通り!不安定雇用の法的規制(派遣法廃止!)とサブロク協定の抜け穴条項の廃止、そして違法企業の資産没収を通じて!

若い世帯の不安解消?その通り!そのためにはまず何にもまして自公政権の打倒を!

いずれにせよ、さまざまに提起される改革案や対抗案は、そのほとんどが資本主義の枠内での解決策であるが、当の日本(資本家)新聞や日本(資本家)政府はそれらの解決策さえ断行することができないことは、この5年間の惰性的アベノミクスによって明らかだ。資本主義の枠内における改革でさえ、資本主義ではない持続可能な社会をめざす人々によってしか実行に移すことができないようだ。

真の意味での不安の解消は、賃金制度や国家の廃止とエコロジー的持続可能性をめざす国際的な社会運動の永続的な攻勢によってのみ実現可能だという、階級闘争の古くからの定石がここでも貫徹されている。


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