さげすむ者たちをおののかせてやろう--3・8ワールド・ウィメンズ・マーチと女性繊維労働者を記念して

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今日3月8日は国際女性デー。トランプに象徴される性差別主義の流れに抗して、アメリカをはじめ世界各地でウィメンズ・マーチが予定されています。

トランプは「中国が2001年にWTOに加盟してからアメリカでは6万の工場が失われた」と批判しましたが、アメリカの資本家にとっては、アメリカ労働者よりも中国労働者を搾取する方が利潤率が高かった、というそれだけの話です。

これに対して、いまや「世界の工場」から「自由貿易の護民官」になった感じのある中国政府の報道官は、「米中経済は本質的にウィン・ウィンの関係にある。2015年に米中間の貿易と投資によってアメリカでは260万の雇用が創出された」と反論しています。

問題はどのような雇用が創出されたのか、ではないでしょうか。

尊厳ある雇用でしょうか。ジェンダーに配慮した雇用でしょうか。環境に配慮した雇用でしょうか。搾取労働のない雇用でしょうか。もちろん厳しい労働環境にある中国や、危険と隣り合わせにある国や地域での雇用にくらべると、アメリカや日本での雇用はまだましと言えるかもしれませんが、注目すべき基準は米中の差ではなく、自由貿易というグローバル資本主義によってどれだけ雇用の中身が毀損させられたのか、ということではないか、とおもいます。

さらに言えば賃労働は賃金という搾取システムに縛られた奴隷労働=賃奴隷労働なのですが、それについてはいったんおいておきます。

トランプの「保護主義」の登場以降、中国政府は「中国は一貫してWTOのルールを順守してきた」「保護主義に未来はない」と主張してきました。全人代の政府報告でははじめて「逆全球化」という言葉が批判的につかわれています(日本のメディアでは「脱グローバル化」と訳しているようですが)。

中国は2001年のWTO加盟までに猛烈な国有企業の民営化をすすめ、数千万単位リストラが行われました。中国政府の言い方で反論すれば、しかしWTO加盟による高い経済成長によって新たな雇用が中国でも創出されたということになるでしょう。

実際に、貿易の数量規制を定めた多国間繊維協定が1995年から10年間の経過措置によって2005年に廃止されたことによって、中国からアメリカへの衣料品の輸出は大幅に拡大します。しかし、90年代後半の国有企業の民営化によって、繊維産業では同産業の52%を占める330万がリストラされていました。

もちろんリストラといっても、街頭に放り出されるわけではなく、それまで国有企業や公営企業であった工場が民間企業になるということも含まれます。中国において「ゆりかごから墓場まで」という社会福祉を担ってきた国有企業が民営化するということは、労働条件だけでなく、社会保障においても大幅な切り下げが行われることを意味します。

「ウィン・ウィン」の米中自由貿易体制のなかで創出された雇用は、国有企業での待遇とは天と地の差ほどもある「世界の搾取工場」における雇用にほかならないことは、この間のユニクロをはじめとする中国国内での委託製造工場での劣悪な労働条件が明らかにしたところだと思います。「ウィン・ウィン」には中国をはじめ世界中の繊維労働者(その多くは女性です)は含まれていないのです。

国家レベルで引き下げられた中国の労働・福祉条件は、「グローバル・バリュー・チェーン」という名の通りグローバルなかたちで世界中に波及します。つまりアメリカをはじめ世界中の労働条件を底辺にむけて押し下げる役割を果たします。逆に言えば、世界中の資本の搾取率を(無政府的な競争を伴いながら)天井に向けて押し上げる役割を果たしました。

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さて、3月8日の国際女性デーですが、今年100周年を迎えるロシア革命も、1917年3月8日(ロシア歴2月23日)に、パンと平和をもとめる女性の繊維労働者たちのストライキが契機でした。

『ロシア革命史』(トロツキー著、山西英一訳、角川文庫)の「五日間」という章(ペトログラードの女性労働者のストライキから皇帝退位ダウリーダ宮を労働者兵士が占領するまでの5日間)の冒頭もこんなふうな書き出しで始まっています。

「2月23日は、国際婦人日であった。社会民主主義の諸団体は、一般的なやり方で、つまり集会、演説、ビラなどによって、この日を記念しようと考えた。それが革命の第一日になろうとは、だれひとりおもいおよばなかったのである。」

「数カ所の工場の婦人繊維労働者がストライキを決行し、金属労働者に代表をおくって、支持を要請した。『ボリシェビキは』とカユロフ[ボリシェビキ労働者メンバー]は書いている――『ふしょうぶしょうにこの要請に同意した』。」

「2月革命はそれ自身の革命的諸団体の抵抗を排除しつつ、下から開始されたものであり、そのさい、全プロレタリア中もっとも抑圧され、踏みにじられてきた婦人繊維労働者――そのうちには、たしかに多数の兵士の妻がまじっていた――イニシアチブをとったのであった。」

2月革命は8か月の厳しい時期を乗り越えて10月革命に向かいますが、この10月革命によって誕生した社会主義政権の影響は、遠く東アジアにまで波及し、日本をはじめとする帝国主義の半植民地となっていた中国に大きな影響をあたえることになります。

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中国は現在も3月8日は女性の日が記念日になっています(休日ではないですが)。中国で最初に大衆的な国際女性デーの集会やデモが行われたのは1924年に広州で政権を打ち立て、第一次国共合作の真っ最中だった国民政府によって行われたものですが、その3年前に建党した中国共産党の創始者のひとり、陳独秀は1921年3月8日に発行された『三八国際婦女記念』誌のなかで「私の婦女解放観」として、国際女性デーを記念しています。(なお1920年代の中国における反植民地闘争において、繊維労働者は1925年に上海の日系紡績工場で発生した5・30事件をはじめ、大きな役割を果たしますが、それはまた5月30日にでも)

以下、「私の婦女解放観」をすこし抜粋して紹介します。

私の婦女解放観
陳独秀
『三八国際婦女記念』、1921年3月8日


(略)

世界の各国すべてで、労働者と女性はさげすまれてはいるが、彼らこそは人類の最大多数であり、人類にたいして重要な活動を担っている。今や「5・1」「3・8」の両記念日ができたのであるから、さげすまれてきた者たちは、そうしたさげすみに反抗する態度を特にしっかりと持ち、さげすむ者たちをおののかせてやろうではないか。

中国の労働者解放運動は、「5・1」を記念するごとに次第に発展してきており、今やむろん完全に解放されているとは言えないまでも、権力の地位に近づかんと努力している。それにたいして、婦女解放運動はどうだろうか。これといった成果を挙げているとはまだ言えまい。

(略)

これまでさげすまれてきた女性たちは、自分たち自身の女性運動を片時たりとも忘れてはならない。また、さげすまれてきた女性たちが、政治革命に参加する力を持つには、自身の解放運動をしっかりとせねばならない。さらに一歩進めて言うならば、女性解放運動は、政治革命の中身を充実させるものの一つでもあるのだ。

(略)

中国の女性は、第一に、法律家がいうところの「自然人」の資格を取得する必要がある。それができてはじめて他のことを問題にしたり、ほかの人間との同等の権利を云々できたりするのである。

さげずまれてきた中国の女性たちよ。革命に参加せよ。そして革命に参加する中で、身体的にも精神的にも、自分自身を全力で解放せよ。そして、あなた方を数千年にわたってさげすみ、侮辱し、縛ってきたあらゆる鎖を断ち切るのだ。

(以上、『陳独秀文集2』石川禎浩、三好伸清 編訳、平凡社東洋文庫より抜粋)

ワールド・ウィメンズ・マーチが世界各地で行われます。世界の女性たちの怒りの声が、さげすむ者たちをおののかせるでしょう。

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