SuffraGETtes - 映画『未来を花束にして』

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イギリスの女性参政権運動の史実を基にしてつくられた映画、『未来を花束にして』を観ました。東京ではそろそろ公開終了か、という感じです。

『未来を花束にして』公式サイト

イギリスや日本、それに世界の女性参政権運動をもっと勉強すべきだと思いました。以下は知識の乏しい、かなり偏った中途半端な感想です。

原題は「Suffragettes」(サフラジェット)で、ラディカルな女性参政権運動の活動家のことを揶揄した当時の造語だそうですが、その後、活動家たちはこれを逆手にとって「SuffraGETtes」と称しして、「参政権をゲット=GETする」と主張したそうです。ウィキ情報です。

イギリスでは、19世紀中ごろまでのチャーチスト運動などで男性は限定選挙の拡大が図られていきましたが、女性参政権は1918年の財産上の条件を満たした30歳以上の女性に与えられるまでは選挙権がありませんでした。1918年には21歳以上のすべての男性に普通選挙権が付与されましたが、これはロシア革命の影響が大きいでしょう。

で、映画は1912年が舞台。エメリン・パンクハートが1903年に結成した「女性社会政治同盟」(Women's Social and Political Union, WSPU)の活動に徐々に参加していく洗濯工場の労働者、モード・ワッツの成長が描かれています。

見どころのひとつは7歳からいまの洗濯工場で働いてきた24歳のモード・ワッツが女性参政権法案審議のための公聴会でロイド・ジョージらを前に行う証言の内容や、気に入った労働者への性暴力を厭わない工場主が支配する工場の様子でしょう。

当初は「それでもすこしは別な人生があるのでは」という素朴な思いから女性参政権運動にかかわり始めるのですが(それでもきっかけは同僚女性への暴力という凄惨な事件でしたが)、周囲の男の態度が豹変し、洗濯婦として、あるいは母として妻としてつつましく生きろと言う公安権力をふくむ暴力的な男社会の理不尽さへの怒りが、モード・ワッツをさらにラディカルな活動へと導いていきます。

工場主や夫、警察の暴力や公安権力や監獄による厳しい抑圧を乗り越えるシスターフッドも見どころでしょうか。実際の記録写真とそっくりのシーンもあります。最後のクライマックスに続く実写の記録映像も圧巻です。

物語ではWSPUの指導者、エメリン・パンクハートがクローズアップされ、彼女の一言がモード・ワッツら女性活動家の希望となります。また「Dees not words」(言葉よりも行動を)というエリメンの主張によってWSPUの活動がより直接行動へとシフトしていきます。

エメリン・パンクハート自身は実業家の父と女権運動の母親というブルジョア階層であり、映画の宣伝や感想では「階級の垣根なく団結」とか「階級を越えた連帯が女性参政権を実現させた」という意見が散見されるようですが、映画の内容はほぼ100%、プロレタリア階級の映画でした。ブルジョア革命が実現しきれなかった課題を実現するのは階級軸で考えることも必要かなと思いました。

というのも、冒頭に書きましたが、イギリスの女性参政権の実現は、ロシア革命というプロレタリア革命の衝撃が大きかったと思われるからです。もちろんそれまでのイギリス女性たちの階級を越えた連帯がなければ決して実現はしなかったでしょう。そしてさらにはプロレタリア革命だけでは性的不平等はなくなりませんでした。

男女間の不平等の現代的課題でいえば、賃金や社会的地位における男女間の不平等の問題につながります。労働者の立場からそれを是正しようという粘り強いたたかいは、女性労働者を中心にいまも引き続き取り組まれています。そういう意味でも課題はいぜんとして階級的だなぁと思ったりもしています。

しかしもうひとつ、映画では描かれていないことも気になりました。WSPUの指導者、エメリン・パンクハートは、映画の2年後の1914年の第一次世界大戦勃発では、イギリスの参戦を支持しているのです。映画の時代背景の数年後の話なので仕方ないのかもしれませんが、エメリン・パンクハートの振る舞いはどうにもいただけません。それに対して、同じくWSPUで精力的に活動していたエリメンの次女、シルヴィア・パンクハート(映画でも名前だけはセリフで出てきます)は、この帝国主義戦争に反対するとともに、活動の方向性をグッと階級闘争に向けていくのです。

シルヴィアはイギリス共産党結成にもかかわるようですが、21年には機関紙の編集権をめぐり、組織と対立して離脱してしまいますが、その後も反ファシズム闘争やイタリアのエチオピア侵攻に対して独立エチオピアを支持する運動を呼びかけ、戦後はエチオピアに移住し、1960年にアディスアベバで78歳の生涯を閉じます。

イギリスの革命運動の歴史はまったく知らないのですが、1919年にレーニンは、手紙で質問をしてきたシルヴィアに対して返事を書いています。議会制度や選挙カンパニア参加への不信をのべたシルヴィアに対して、ブルジョア議会への原則的な不信は正しいが、戦術的、あるいは宣伝としての参加は重要であること、議会カンパニアを巡る意見の相違から勤労大衆に強固に結びついたイギリス共産主義者が分裂することは間違いであることなどを説いています。

レーニンは手紙の最後で、誕生してから2年になるソヴィエト権力の意義を説いています。直接に女性参政権について述べたものではなく、また映画の話とも大きくずれてしまいますが、イギリスにおける女性参政権実現のきっかけとなったと思われるロシア革命の時代的意義を説いています。以下、引用。(ロシア革命100周年の今年くらいは許されるかな・・・)

+ + (以下、引用) + +

ソヴィエト権力は、ロシアにおけるすでに二年に近い経験によってプロレタリアートの独裁が農民国でさえ可能であること、強力な軍隊をつくりあげることによって(これは、組織性と秩序とのもっとも良い証拠です)、信じられないほど、聞いたことのないほど困難な条件のもとでもちこたえる能力があるということを、しめしただけではありません。

ソヴィエト権力はそれ以上のことを実現しました。それは、すでに精神的には全世界で勝利したのです。なぜなら、労働者大衆は、ソヴィエト権力の真相のほんの断片しか知っていないのに、またソヴィエト権力について何千、何百万という嘘の報道を聞かされているのに、いたるところですでにソヴィエト権力に味方しているからです。この権力が勤労者の権力であること、この権力だけが資本主義から、資本主義のくびきから、帝国主義のあいだの戦争から人々を救いだすということ、永続的平和に導くということ、こうしたことを、全世界のプロレタリアートはすでに理解しています。

だからこそ、帝国主義者は個々のソヴィエト共和国を打ちやぶることはできても、プロレタリアートの世界ソヴィエト運動に打ちかつことはできないのです。

共産主義者のあいさつをもって
  エヌ・レーニン
  1919年8月28日
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