
ダボス会議ので中国の習近平国家主席が、「グローバル化の護民官」として基調講演をしたことに、日経新聞をはじめ多くの識者が困惑しているようだ。
日経新聞2017年1月20日社説はこう述べている。
「自由で開放的な経済や社会の発展を促す役割を担ってきた欧米の政治指導者たちはあまり姿を見せず、会議の主役として保護貿易主義の拡大に警鐘を発したのは中国の習近平国家主席だった。」
「中国は世界経済での影響力を強めているが、経済の自由化や民主化という点では大きな問題を抱える。その指導者にグローバル化の意義を訴える役回りを求めざるをえないほど、世界は混迷の度を深めているとも言えるだろう。」
習近平の演説の中国語全文はWEBで公開されている。そのうち日本語訳も公開されるだろう。
要旨は人民日報の日本語版記事「経済グローバル化をゆるぎなく推進すべし」でみられる。
だがこのような「グローバル化の護民官」としての中国のスタンスは、今に始まったことではない(参考:2016年9月3日杭州G20サミットのB20での講演要旨)。とりわけリーマン危機以降のG20体制において、中国は他の資本主義諸国を上回る「貢献」をしてきた。また各所での演説においても「自由貿易」の重要性を訴えてきた。グローバルな運命共同体、という現代版「平和共存」の基調は、改革開放の当初から一貫している。
改革開放から40年がたとうとしているが、「自由貿易」の恩恵を一番受けてきた国の一つが中国である(もちろんそのなかで一番被害を受けてきたのも中国の労働者や農民であるがここではそこには踏み込まない)。
今回の基調講演のなかで僕が注目した点は、中国の経済システムが、資本主義的拡張、つまり国境を越えた資本蓄積の段階に達しているこのときに、世界に突如として「反グローバル化」の波が押し寄せつつあることへの危機感の表れだということ。
演説のごく一部を紹介すると、
「改革開放以降、中国は累計1兆7000億米ドルの外資を受け入れ、累計対外直接投資は1兆2000億米ドルに達しており、世界の経済成長に対して巨大な貢献を果たしてきました。国際金融危機の勃発以降、世界全体の経済成長に対する中国経済の成長貢献度は年平均30%以上になっています。」
「中国の成長は世界のチャンスであり、中国派経済グローバル化の受益者であるが、それ以上の貢献者でもあるのです。」
「今後5年で、中国派8兆米ドルの商品を輸入し、6000億米ドルの投資を受け入れます。対外投資総額を7500億米ドルにして、国外への旅行者はのべ7億人に達することになるでしょう。これは世界各国に対して、さらに広範な市場、さらに充足した資本、より豊富な商品、貴重なビジネス協力のチャンスを提供するでしょう。ビジネス界にとっては、中国の発展はこれまでどおり皆さんのチャンスとなるのです。中国の門はいつでも世界にひらかれており、決して閉じることはないでしょう。開かれた門によって、世界は中国に入ることができ、中国もまた世界に向けて歩むことができるのです。わたしたちは、各国の門もまた中国からの投資家に公平に開かれることを望んでいます。」
資本主義は不断に成長せずにはいられないこと、その拡張は原理的には国境を無視することは自明の理であるが、その成長が自然と労働からの搾取によって成立することは、すくなくとも自称社会主義者や共産主義者であれば、原則的には否定できない。
つまり資本主義システムにおける「成長」の源泉は搾取であり、社会主義とはその搾取の廃絶に向けた社会を実現するための政策に他ならない。それは一国社会主義や自力更生のような反グローバル化では実現できないことは、これまでの歴史でも明らかであるが、現在の中国政府のすすめる「中国の特色ある社会主義」という名の資本主義化政策によっても、搾取の廃絶(賃労働の廃止)を実現することは困難である。
習近平の演説に表現される困難さは、このような搾取を廃絶するための社会主義政策が直面する困難さではない。先ほども書いたが、直面しているのは、資本主義的経済成長のひとつのステップであるグローバル化の段階に達した時に直面した「反グローバル化」という困難である。しかも世界の二大帝国主義が「反グローバル化」の旗振り役になっているのである。
一方の老獪な金融帝国主義は、それでも産業資本主義のフロンティアをまだ多く残す中国が今後は金融的にもグローバル化することへの望みに保険をかけて、良好な関係を維持している。アジアインフラ投資銀行の設立では欧州金融資本の先導者として登場したことは記憶に新しい。
一方、アメリカもまた、資本家が自由にビジネスできる自由貿易から、資本家の利益を保護する保護貿易に舵を切るかのような勢いを見せているトランプ新政権が誕生した。その特徴は、金融危機以降もバブルだけでもちこたえている、つまり世界中に過剰な資本が放置されたままになっている状況からの転換によってふたたび大不況の忍び足が聞こえてくるなかで、自国第一主義という資本家政府としてはごく当たり前の政策を採っているに過ぎない。
このような中で経済成長こそが独裁支配の担保になっている中国共産党政権が「グローバル経済の護民官」として、資本家があつまるダボス会議でグローバル経済の擁護を訴えたことはなんらおかしなことではないのである。
自由な経済活動には自由と民主が必要という概念は、立憲主義や市民革命と同じくらい時代にそぐわないとおもうのだが、経済危機の時代にはますますそれが有効ではない。そんなことは、ブルジョア自身が一番よく知っている。
習近平は演説のなかで、経済危機や格差の原因が、道徳的な堕落や公正概念の欠如によってもたらさたものであるかのように述べているが、けっしてそうではない。それは資本主義の成長サイクル=不況サイクルに内在するものであり、するどく階級闘争的な表現なのである。
付記:ちょうどその前日の人民日報に、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の金立群総裁が、設立一周年を記念して寄稿をしている。ここではその内容には踏み込まないが、まるでアジア開発銀行(ADB)の中尾武彦総裁の引き写しかと思うほど、そのビジネス展望に変わりがない(あえて違いをいえば、ADBはより高技術の開発、AIIBのほうはより低コストの開発、という役割分担だろうか)。AIIBはいうまでもなく「一帯一路」(海と陸のシルクロード)という中国資本のグローバル化の金融ツールである。
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