「ボナパルティズム」 -- 斎藤美奈子さんの東京新聞2016年11月16日「本音のコラム」

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たいしたものである。

斎藤美奈子さんの今日(2016年11月16日)の東京新聞の「本音のコラム」のことだ。

タイトルは「ボナパルティズム」。

短いので全文を引用する。


=====(以下、引用)=====

ドナルド・トランプ氏が大統領選に勝ったことで世界は騒然。日本国内もその話でもちきりさ。あまりにみんなが同じ調子で嘆くので、ちゃちゃを入れたくなってきた。まるでトンデモ星から飛来した宇宙人に地球を乗っ取られたみたい。

トランプ現象を説明するのにもっともふさわしい単語は「ボナパルティズム」だろう。フランスの第二共和政下、初の普通選挙で大統領選に勝利したルイ・ナポレオン。ナポレオン一世の甥であることだけが売りのルイはどの階級も代表しておらず、メディアを利用し、大衆の熱狂的な支持を得る。その勢いで権力を強化。1851年のクーデターで議会の共和派を追放し、国民投票で皇帝になってしまった。

『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』でこの経緯を描いたマルクスは「歴史的な事件は二度おこる」といった。一度目は悲劇として、二度目は茶番として、と。

大衆の不満を扇動に利用した「プチ(エセ)ボナパルティズム」なら、後に幾度となく起こっている。ゼロ年代の小泉劇場は? 大阪ダブル選挙は? 暴言王たる人物を四度も知事に選んだ東京都民は米国民より上?

恐怖政治を予言するのもいいけれど、巨悪はもっと狡猾だ。トランプ氏は目くらましかも。せめて『トランプ自伝』(ちくま文庫)くらい読もうよ。(文芸評論家)

====(以上、引用)=====

「あまりにみんなが同じ調子で嘆くので、ちゃちゃを入れたくなってきた。」

本当にその通り。

ということで僕もちゃちゃを入れてみる。

「ボナパルティズム」とは斉藤さんも紹介しているように、マルクス主義者の政治用語の一つ。

『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』はルイ・ボナパルトのクーデターの翌年に書かれたが、第二版の序文(1869年6月)でマルクスこう述べている。

「平凡奇怪な一人物をして英雄の役割を演ずることを得せしめた情勢と事件を、フランスの階級闘争がどんな風につくりだしていったかということを[本書で]しめす。」

つまり、階級闘争という分析軸を中心に据えて書かれたということであり、その意味で斎藤さんが「どの階級も代表しておらず」というのは、「階級」という言葉を使ったことは正しいが、「代表しておらず」というのはすこし違っている。

マルクスは本書でもこう述べている。

「国家権力は空中に浮かんでいるのではない。ボナパルトは一階級を、しかもフランス社会のもっとも数の多い階級、分割地農民を代表している」(岩波文庫版、144頁)
「ボナパルト王朝が代表するのは、革命的な農民ではなく保守的な農民なのであり、自分の社会的な生活条件たる分割地をこえてでようとする農民ではなく、むしろこれをかためようとする農民なのであり、自分のエネルギーによって都市とくんで古い秩序をたおそうとする農村人ではなく、反対にこの古い秩序のなかに無感覚にとじこもり自分の分割地もろとも帝政の亡霊によって救われ優遇されたいと思う農村人なのである。それは、農民の開化ではなく迷信を、卓見ではなく偏見を、未来ではなく過去を…代表する。」(同146頁)

もちろんどの歴史段階においてもボナパルティズムはかならず農民を代表する、ということではなく、この時代における階級闘争の状況がボナパルトをして分割地農民(当時の仏国民の圧倒的多数)の代表たらしめたということだ。

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齊藤さんも指摘しているように、ボナパルティズムは「後に幾度となく起こっている」。

1917年のロシア2月革命による帝政崩壊後の7月に成立した連立臨時政府に対して、レーニンはこう批判している。

「ケレンスキー内閣は、疑いもなく、ボナパルティズムの第一歩の内閣である。実際、ここにはボナパルティズムの基本的な歴史的標識がある。すなわち、軍閥(軍隊の最悪の分子)に依拠する国家権力が、多少とも均衡をたもっている二つの敵対的な階級や勢力のあいだで駆け引きしているということが、それである。」
「ブルジョアジーとプロレタリアートの階級闘争は、極度に激しくなっている。[1917年]4月20~21日にも、7月3~5日にも、わが国は内乱に紙一重であった、このような社会経済的条件は、ボナパルティズムの典型的な基盤ではないだろうか?」(「ボナパルティズムの始まり」、レーニン全集 第25巻)


さらに後年、トロツキーは、ナチス政権誕生の前夜、1932年10月に書かれた「ドイツ・ボナパルティズム」という小論において次のように指摘している。少し長いが引用する。

「われわれは、『大統領』政府をボナパルティズムの一種であると規定した。この規定の中に、なじみのない現象についてもなじみのある名前を見いだしたいという願望が思わず露呈した結果であるとみなすのは、正しくないだろう。資本主義社会の衰退は、ふたたびボナパルティズム――これは、ファシズムと並び、つながっている――を日程にのせた。」

「自由主義、ボナパルティズム、ファシズムなどの概念は、普遍的な性格を持っている。歴史的現象はけっして完全なかたちで繰り返されることはない。…ナポレオン三世の政府すら、ナポレオン一世の体制にくらべれば、それほど『ボナパルティスト』的ではなかった。その理由は、ナポレオン三世自身が血統的にボナパルトかどうかの点に疑問があるからではなく、諸階級、とりわけ農民やルンペンプロレタリアートとナポレオン三世との関係がナポレオン一世の場合とけっしておなじでないからでもある。さらに、古典的なボナパルティズムのすべての特徴の繰り返しを追い求めるかぎり、ボナパルティズムが一回かぎりの繰り返しのきかない現象であること、すなわちボナパルティズム一般が存在せず、かつてコルシカ生まれのボナパルトと呼ばれる一将軍がいた、ということになってしまうだろう。…アナロジーとしてボナパルティズムについて語る際は、ボナパルティズムの諸特徴のうちのどれが現在の歴史的諸条件のもとで最もはっきりと表現されているのかを指摘する必要がある。」

「社会民主党は、ファシズムが共産主義の産物であると主張している。このことは、階級闘争の先鋭化がなければ、革命的プロレタリアートが存在しなければ、資本主義システムの危機がなければファシズムの必要性がまったく生まれていなかっただろうという限りにおいて、正しい。……ファシズムはプロレタリア革命の脅威に対するブルジョア社会の反動である。しかし、まさにこの脅威が今日ではまだ直接的なものになっていないので、支配階級はボナパルティスト独裁を通じて内戦なにし何とかやっていこうと試みているのである。」

「資本主義衰退期のボナパルティズムは、ブルジョア社会台頭期のボナパルティズムとまったく異なる。……今日の資本主義の諸条件のもとでは、金融資本の代理人でないような政府は一般的に不可能である。」

「支配階級が直接に統治できるならば、支配階級は議会主義も社会民主党もファシズムも必要としないだろう。『ドイッチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥング』[ブルジョア新聞]は、国家社会主義党の大衆の中に大統領府にとっての支えを見いだしたいと望んでおり、最後通牒的言葉を使ってパーペン[首相]にヒトラーとのブロックを、すなわちヒトラーへの屈服を要求する。」

(「ドイツ・ボナパルティズム」、トロツキー著作集16巻)

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トランプ現象を理解するために、マルクスやレーニンやトロツキーを読む必要はないかもしれないし、それよりは斎藤さんのいうように『トランプ自伝』を読む方が先だろう。だがその分析を階級闘争という軸に沿って展開することは『トランプ自伝』を読むにしても、また今回の選挙結果を分析するにしても必要なことだろう。

よく目にするのは、トランプの扇動的な「反グローバル化」の主張を白人労働者が支持をしたからだという主張である。これは一見「階級的」な分析のようでもある。しかし本当にそうだろうか。

香港のマルクス主義者、區龍宇さんがウェブサイト「無国界社運」で英ガーディアン紙の記事を紹介している。

特朗普當選多得工人階級支持?(中国語、英語原文ページへのリンクあり)

それによるとミドル・アッパー階層では、ヒラリーよりもトランプに投票した人の方が多かったという。

年収分類では、年収5万ドル以下の有権者の投票では、52%がヒラリーに、41%がトランプに投票したと回答し、年収万ドル以上では、49%がトランプに、47%がヒラリーに投票したという。

また別の記事では労働組合の衰退とトランプ支持の高まりを関連付けて論評している文章も中国語に翻訳紹介されている(英語の原文ページにもリンクしている)。

工會衰落與特朗普崛起
(中国語、英語原文ページへのリンクあり)

日本語に翻訳して紹介する時間はないが、斎藤さんの「ボナパルティズム」による分析からみても、重要な視点だと思う。

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ルイ・ナポレオンのブリュメール18日、つまり立憲主義の選挙を通じた反立憲クーデターのがなぜ生じたのかについて、マルクスは本書の最終章の冒頭でこう述べている。

「社会共和国は、[1848年]2月革命の幕開きに、文句として予言としてあらわれた。それは1848年の6月事件に、パリ・プロレタリアートの血のなかで窒息させられたが、このドラマの以下につづく各幕を通じて幽霊になってうろつく。民主共和国が名乗りでる。それは、1848年6月13日、すたこらにげだした小ブルジョアジーとともに空しく消えうせるが、逃げながらそれは、二重に大風呂敷をひろげたホラをあとにのこす。議会共和国がブルジョアジーとともに全舞台をしめる。それは、羽をいっぱいにのばして思うぞんぶんに生きつくすが、1851年12月2日に『共和国ばんざい!』という連合王党の悲鳴のうちに埋葬される。」

つまりフランスの1848年の2月革命では、労働者らが最前線に立って王政を打倒したが、その直後の6月に「社会共和国」を求めたパリ労働者による決起があり、それはブルジョア民主共和派によって血の海に沈められたが、階級闘争における労働者の側の敗北がボナパルトのブリュメール18日につながっているという分析である。

『ブリュメール18日』ではこの6月事件を次のように記している。

「ルイ・フィリップのブルジョア王政のあとにくるものは、ブルジョア共和制だけである。すなわち、これまでは王の名のものとでブルジョアジーのかぎられた一部が支配してきたが、いまや人民の名においてブルジョアジー全体が支配するだろう。パリ・プロレタリアートの要求は、ユートピア主義のたわごとであり、そんなものはおしまいにしなければならない。こういう国民議会の宣言に対し、パリ・プロレタリアートは、ヨーロッパの内乱史上もっとも巨大な事件たる6月蜂起をもってこたえた。ブルジョア共和制が買った。共和制のがわには、金融貴族、産業ブルジョアジー、中産階級、小市民、軍隊、遊動警備隊として組織されたルンペンプロレタリアート、知識分子、坊主および農村人口がいた。パリ・プロレタリアートのほうには、自分じしんの他には誰もいなかった。3000人以上の反乱者[労働者]が勝利の後で虐殺され、1万5000人以上が裁判ぬきで流刑に処せられた。この敗北とともに、プロレタリアートは、革命の舞台の背景にしりぞく。」

パリ・プロレタリアートがふたたび革命の舞台に登場するのは、それから20年以上も後のルイ・ボナパルト帝政の最終局面まで待つ他なかったが、この1848年の6月事件では、なぜか最近、とくに立憲主義のリベラル派から受けのよいトクヴィルが、パリ・プロレタリアートを血の海に沈めたブルジョア共和派として大活躍している。

トクヴィルは岩波文庫から『アメリカのデモクラシー』が翻訳出版されており、当時のアメリカの自由・平等という価値観を若いトクヴィルを通して紹介していることが、リベラル派からの支持を得ているのかもしれないが、同じ岩波文庫からでている『フランス二月革命の日々 トクヴィル回想録』を読めば、彼が1848年6月にどのようにふるまったのかを知ることができる(議員とし鎮圧部隊を回って鼓舞している)。

王政を打倒した主力であった労働者の要求を押しつぶすことで、その後のボナパルティズムに道を開いたトクヴィルを、なぜ日本の立憲主義者らはそれほどもちあげるのか。はずかしくないのだろうか。

一度目は悲劇として、二度目は喜劇(茶番)として。だが三度目は、より過激(ラディカル)=根源的に、世界史的な大事件や大人物があらわれるだろう。


【2016/12/8 追伸】
『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』の有名な一句である「一度目は悲劇として、二度目は喜劇(茶番)として」だけでなく、この書物の基本構想そのものがエンゲルスによるものであるとトロツキー研究所のfacebookで説明しています。こちら。たいへん興味深いです。左翼の一部にはマルクスをもちあげエンゲルスをさげすむ傾向があるようですが、それはまったくの不誠実な傾向だといえます。エンゲルス万歳。
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