オジサンもあきらめない ~ 『日本×香港×台湾 若者はあきらめない』を読んで

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『日本×香港×台湾 若者はあきらめない』
太田出版、2016年7月1日発行、1200円+税

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香港の雨傘運動と台湾のひまわり運動を担った若き社会運動のリーダーと、戦争法案反対の運動をけん引したSEALDsの対話集が出版された。

本書がおススメなのは、香港雨傘運動を担った学生団体のひとつ、学民思潮の黄之鋒さんと周庭さん、ひまわり学生運動の指導者のひとりである陳為廷さんという東アジアの若きアクティビストの考えが日本語で読めるという点。大きな運動を率いた自身と今後への展望があふれる対話集になっている。

それを引き出したのはいうまでもなく、戦争法案反対運動をけん引したSEALDsの奥田さんと牛田さんという、同じく大きな運動を経験した「時代に選ばれし子どもたち」のセンスによる。もちろん日本の読者にも読みやすく編集したのは、香港の事情にくわしい編集スタッフ陣の力量だろう。(とはいえ、91頁の国民党の性格についての編注が「台湾の親中派政党。」だけというのはあまりに手抜きすぎる。むしろどうせ手を抜くなら「台湾の自民党」くらいのほうがよかった)

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対話の内容の多くが運動のスタイルやイメージに割かれているのは仕方のないことであり、読み進めてすぐに、とくにSEALDsのメンバーの持つ社会運動の歴史観や政治的センスとの違いに気が付くことは、あらかじめ予想できたことであるが、それはここではあまり重要なことではない。

ひまわり運動(2014年3月)や雨傘運動(2014年9月)以降、これらの運動のその後について日本語で書かれた文献はそう多くないなかで、実際に運動を担った「時代に選ばれし子どもたち」が、いま何をどう考えているのかを知ることができるという点が重要だからだ。またそれらの運動についてSEALDsのメンバーの一部がどう考えているのかを、直接の当事者との対話のなかで考えていることも極めて重要である。

香港や台湾の社会運動のインパクトを日本語で理解するチャンスが乏しいなかで、本書の価値は決して小さくはないだろうし、日本の国際主義者は読んでおいても決して損はない。

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僕が興味を持ったのは、これらの運動におけるスタイルやイメージではなく、運動の中身に関する事柄である。周庭さん(1996年生まれ)、黄之鋒さん(1996年生まれ)、台湾の陳為廷さん(1990年生まれ)の発言の中で、それぞれ気になった発言を一つ、二つ紹介したい。

周庭さん
「運動においていちばん難しいのは、車道に出たりとか、警察に突進したりとか、そういうことではない。難しいのは、組織をつくることです。あるいは、市民や学生を説得したり、教えたり、参加させたりすることです。」(64頁)

黄之鋒さん
「返還から50年目で、建前上も1国2制度がなくなりかねない2047年までに、香港に自決権をもたらすこと。それが僕の今いちばんやりたいことです。」(101頁)
「組織化は、非常に、非常に、ヒジョーーーーに重要です。」(107頁)

陳為廷さん
「私は左派的な立場、進歩的な立場から政治を変えたい。そういった社会運動を続ける必要性を感じています。」(214頁)
「民進党が選挙に勝って政権を獲ったわけですから、すると、政策スタッフなどのポストを含めて、200から300くらいの仕事が空いて、ひまわり学生運動をやっていた人たちはみんな体制側に入ってしまったんです。つまり、今までとはまったく反対の立場になって、体制批判をしていた人たちが、ものが言えない状態になっている。」(219頁)

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また非常に感心したのは、SEALDsの奥田さんや牛田さんが、香港や台湾の政治・社会・運動状況と日本の状況を、あっさりと重ね合わせていることである。僕も香港の雨傘運動と日本の戦争法案反対闘争に似ているところがあることを感じてはいたが、二人の若者のこの一種の気軽さは、一切の嫌味ぬきで大変うらやましい。そして僕がいうよりも何万倍も説得力がある。奥田さんはこう語っている。

「主語を香港から日本に変えただけで、『僕らの国の話なんじゃないの?』ってこともたくさんありました。もちろん、社会の背景は全然違うんだけど、同じような悩みを抱えているし、同じような達成感を味わっているし、『オレらもやってるからよく分るよ』みたいな話がいくつも出てきて面白かったですね。」(165頁)

中国をどう考えるか、という点でも東アジアの若者が率直な意見を交わしていることに興味を持てる内容である。今度は中国本土の若者との対話を期待したい。

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よく聞かれるのは「日本の運動は年寄りが多く、台湾、韓国、香港などは若者が多い。日本の運動の歴史的問題(党派運動を暗に指しているのだろう)のせいではないか」という意見であり、これは日本からもまたそれらアジアの側からも言われることであり、本書でもそのような主張が述べられている。

もちろんその点は非常に大きいだろう。とくに多くのラディカルな若者をひきつけた新左翼運動における内ゲバやテロ、女性差別の問題は、主体的に厳しく総括されるべきだ。

しかしもうひとつ、より客観的な要因として、日本は戦後すぐに民主化し、当時の「時代に選ばれし子どもたち」の多くが運動に参加し、その世代が現在まで運動を担っていることが挙げられる。台湾の民主化は70年代から、韓国は80年代から、香港も本格的に民主化運動が始まったのは90年代からである。もちろんそれ以前もそれぞれの地域で、厳しい支配体制(韓国の軍事政権、香港の英植民地支配、台湾の国民党一党独裁体制)の中でも「左翼」とよばれる人々が民主化運動を続けてきたが、大衆的な民主化運動となったのは日本よりも20~30年遅れてのことであり、それを考えるとそれらの地域の社会運動が若い世代でになわれていることも不思議ではない。事実、全共闘をみた欧米の活動家が「日本では青年学生の世代が左翼運動に参加している」と感想を漏らしていたと聞く。

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香港で深刻な問題になりつつある本土主義派(その一部は極端な排外主義極右のイデオロギーをもっているが、それはより巨大な極右ナショナリズムの中国支配体制の香港における影と理解することも可能だ)への言及が少ないこともやや気になった。というのも本書の後半では「よいナショナリズムと悪いナショナリズム」が一つのテーマとなっていたからだ。

本書は、「ナショナリズムと民主主義」と題する対話をはじめ、SEALDsや戦争法案反対運動の参加者にひろく共有されていたであろう価値観が積極的なイメージとして、随所にちりばめられている。しかしナショナリズムも民主主義も、労働する人類の歴史的な産物であり、未来永劫にわたって不変で普遍の価値というわけではない。その点についての議論や提起は、東アジアの若きマルクス主義者が引き継ぐことになるだろう。

もちろん、オジサンもあきらめない。
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