『みるく世や やがて 沖縄・名護からの発信』 (浦島悦子、インパクト出版会、2015年10月)

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今朝の東京新聞の一面に、名護市の辺野古、豊原、久志の「久辺三区」の区長と菅官房長官が官邸で懇談するカラーの写真が大きく掲載されていました。三区がある名護市の稲嶺進市長が、辺野古基地建設反対を表明するなかで、東海岸の旧久志村の三区長だけに国が直接補助金を交付するというのです。

地元3地区に国補助金交付へ 辺野古基地反対名護市の頭越し(東京新聞2015/10/27朝刊)

翁長雄志・沖縄知事も新基地建設反対、稲嶺進・名護市長も反対ということで、分断工作もかなりセコいところにまで追い詰められている、というのが本当のところだと思います。

追い詰められている菅義偉・官房長官は「皆さまの今後の生活の向上、地域の振興に関し、できるだけ配慮するのは当然だ」と思ってもいないことを述べ、防衛省の井上一徳・沖縄防衛局長は「地元の要望にきめ細かく対応できるようにするため」とうそぶいています。

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柄にもなく沖縄の話題を掲載したのは、もちろん沖縄・辺野古に押し付けられた問題は、我々の側が押し付けた問題であるとともに、グローバルな問題でもあるからですが、実は、つい先日、沖縄・辺野古を訪れたからでもあります。

新基地建設が予定されているキャンプシュワブゲートの前で470日以上にわたって抗議の監視テント行動を続けている現地を訪れ、そこで毎日行われている早朝行動や午前と午後の集会に参加したのですが、その集会に地元の二見以北十区の一つ、三原区に在住している浦島悦子さんが参加されており、新著『みるく世や やがて』(インパクト出版会、2300円、2015年10月)をご本人から直接購入させてもらい、「あとがき」でこう書かれてあるのを記憶していたからです。

「辺野古、久志、豊原(久辺三区と呼ばれる)に対象を絞って、政府が新たな交付金の創設を検討していると報道された。名護市を介さず対象区の直接支出するという。新基地建設の地元である同じ名護市東海岸の久辺三区と私たち二見以北十区を分断するものであり、基地建設に反対している名護市の地方自治への悪質な介入だ。」(316頁)

浦島さんは、「アメとムチの交付金には頼らない」という2011年1月2日に書かれた箇所でもこう述べています。

「わが名護市には「逆格差論」という輝かしい財産がある。1970年代、日本復帰後の復興策バブルに沖縄が熱に浮かされ、「本土との格差」を縮めるために「本土に追いつけ、追い越せ!」と走っていた時期、「本土並みの発展・振興」ではなく、やんばるの豊かな自然と伝統文化にねざした等身大の発展・振興を掲げた新生名護市の「逆・格差」論は、内外の人々に大きな感銘を与えた。若かりし頃の稲嶺進市長もその歴史の中にいたと聞いており、それは、第一次産業を重視する稲嶺市政の方針の中にも垣間見えている。今こそ、「逆格差論」の原点に立ち戻るときだ。」(34頁)

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10月25日のゲート前集会で、戦争の哀れを唄った民謡「二見情話」を披露された浦島さんによるこの新著は、2010年6月から2015年8月までに『インパクション』等の連載を再構成したもので、この5年を振り返るとともに、いままさに現在進行形の辺野古新基地建設を阻止して「みるく世」(平和で豊かな世の中)に向かう力強い一歩を踏み出すには格好の一冊。

いまおススメするのは、本書がアベ政権ではなく、民主党鳩山政権の「最低でも県外」の公約破りの時から始まっていることです。まだ第一章(2010年6月~2011年10月)と第二章(2011年11月~2012年5月)を読み終えたところですが、いかに民主党政権の沖縄政策がひどかったのかを改めて振り返ることができます。民主党の無策に乗じた官僚統治機構の滅茶苦茶な沖縄差別の政策がよくわかります。

また、前著『名護の選択』の最後に記した稲嶺進・名護市長の誕生(2010年2月)からの続きということで、鳩山、菅、野田の民主党首相のダメさ加減と、それに引きずられて最終的に建設容認へ戻った仲井眞弘多・前沖縄県知事との比較で、現在二期目に入ってもがんばっている稲嶺市長の奮闘がよくわかります。

稲嶺市長には今回の訪沖で二度拝見することができました。一度目は名護市にある名桜大学の学園祭での挨拶(公式行事)、二度目は10月25日の午前中に公式予定の合間を縫ってシュワブ・ゲート前集会に参加されたときです。50人ほどの参加者を前に、基地は絶対に作らせないという思いを語っていました。

浦島さんの新著によると、稲嶺市長は浦島さんと同じ三原区の出身。浦島さんから頂いた名刺には「稲嶺市政を支える女性たちの会事務局長」という肩書。新著でもこの会は「いーなぐの会」として「ウチナーグチで「女」を意味する「いなぐ」に「いいなぐ=よい名護」を重ね合わせたもの」(42頁)と紹介されています。

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冒頭の補助金の久辺三区への直接交付という苦肉の策をはじめ、この五年間に国やアメリカが演じてきた無茶無謀の行動に対して、2010年6月3日の記載「「最低でも県外」の公約を裏切った鳩山首相」のなかで浦島さんはこう述べています。

「それにしても不思議でならないのは、地元合意のない日米合意がほんとうに実現可能だと政府は思っているのか、ということだ。96年の日米合意[普天間閉鎖と新基地建設:引用者]は、容認派の知事や市長の下でさえ地元住民・県民の反対によって実現できなかったのだ。今や名護市長の確固とした反対と県民世論の高まりの中で、それはいっそう無理となっている。その無理を押し通すために今後、ありとあらゆる手段で分断工作、脅しや懐柔が行われ、陰謀が張り巡らされるだろう。しかし、この14年間、すべてを見てきた私(たち)はもう、どんなことがあっても驚かない。これまでと同様、反対の意思をしっかりと示し続けるだけだ。」(13頁)

そしてこの記載の最後をこう締めくくっています。

「無関心が差別を生むことを、差別される側は骨身にしみて知っている。無関心を越えて、沖縄問題ではない「自分自身の問題」として真剣に考えてほしいと、全国民に訴えたい。」(15頁)

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ゲート前で自己紹介の発言では、中国の脅威を口実とした日米軍事一体化が進められていること、そして東アジア全体が外国の脅威を口実、あるいは互いに利用して強権政治が蔓延していること、しかし日米政府という巨大な力に対して抵抗しつづけていることが東京や全国だけでなく東アジアの人々に勇気を与えているなどを発言したのですが、ひとつだけ言い忘れたことを、この本の帯を見て思い出しました。

帯にはこう書かれています。

「沖縄の未来は沖縄が決める」

ゲート前集会でも山城博治さんをはじめたくさんの人が、自己決定権(自決権)を述べていました。これは、97年にイギリス植民地から中国に返還された香港で、中心街の巨大な大通りを昨年9月から12月の79日にわたってオキュパイ(占拠)し続けた香港雨傘運動の訴えと同じものでした。

香港は97年の「祖国復帰」以前から現在まで、自分たちの行政のトップを一人一票の普通選挙で選ぶことができません。香港雨傘運動は「自分たちの政府(香港政府)は自分たちで選ぶ」という、人々の歴史的にたたかいとってきた権利の実現を中国という中央政府に突きつけました。

巨大な中央政府に対する自決権の要求という共通のテーマが、東アジアのなかで浮かび上がっています。国家間は対立を煽って国内への締め付けを強めていますが、民衆のあいだでは国境という人間の生産活動の拡大が生み出した分断線によるグローバルな対立ではなく、その分断線を必要としない生産関係の在り方をグローバルな連帯で確立する「みるく世」の一歩として、沖縄や東アジアをはじめ世界各地で求められている自己決定権は、民主主義の深化にとって重要になってくるだろうと思います。

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紹介が長くなってしまいました。名護市嘉陽在住で昨年亡くなった画家の宮城晴子さんの絵画「サンゴ礁」をデザインした浦島悦子さんの新著『みるく世や やがて』を手に取ってください。

そして全国、全世界から辺野古や高江に駆け付けて、たたかいの種を各地に持って帰ろう。

〈瀬嵩の浜に咲く浜昼顔〉
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