かげがり ~ 郵政3社の上場と金融資本化(その1)

ドラえもんに「かげがり」(影狩り)というエピソードがある。庭の草取りを言いつけられたのび太が、ドラえもんの秘密道具「かげきりばさみ」で自分の影を切り取って、自分の代わりに働かせるのだが、長時間じぶんから影を切り離したままにすると、最初は命令に黙々と従うだけだった影が、徐々に意思を持ち始めて、最終的に本人と影がいれかわってしまう、という(影だけに)少しブラックな内容だ。

◎ かげがり:ドラえもん


産業資本の蓄積を手助けするひかえめな存在(影)であった金融が、20世紀初頭には産業資本および社会全体を支配する金融資本にまで発展した。それは社会の隅々から遊休資本を集める役割を果たす一方、「資本主義的生産をそれ自身の限界以上に駆り立てるもっとも強力な手段となり、また恐慌と思惑とのもっとも有効な媒介物の一つとなる。」(『資本論』)

戦後の生産性の上昇と利潤率の回復を伴ったフォーディズム期が終わりを告げた。

「第二次世界大戦後の30年間にわたって、規制型資本主義[ケインズ主義]は賃上げによって高められた大衆消費に基礎をおいてきた。その後、新自由主義の鋳型にはめられた脱規制型資本主義の30年間においては、債務によって需要が掻き立てられてきた。今日では、賃金も債務も需要を掻き立てることができない。」
 ---「後期資本主義と新自由主義」 ミシェル・ユソン、フランシスコ・ルカ、2012年1月

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10月20日付の日経新聞朝刊の一面に、11月4日に東京証券取引所に上場されるゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の売り出し価格の報道があった。設定価格は「いずれも投資家の需要を調べる際に設けた仮条件の上限となり、大型民営化案件への期待の大きさを表した形だ。」ゆうちょとかんぽの2社の株式を保有する日本郵政も26日には売り出し価格を決定する。もちろんこのやり取りのあらゆる隙間で、主幹事証券が各種手数料と称して莫大な報酬を得る仕組みだ。

今回の売り出し総額は、ゆうちょ銀行5980億円、かんぽ生命1452億円の合わせて7432億円。日本郵政はこの売却益を、政府が保有する日本郵政株の自社株買いの費用にあてる。政府は日本郵政に売却した株の売却益を復興財源に回すという。持ち株会社である日本郵政株の市場での売却益も復興財源にあてる、という報道がなされているが、そのような事実は確認できない。

同紙の5面の記事によると、事前の調査でゆうちょ銀株には売り出し株数の5倍の需要、かんぽ生命には10倍の需要があるという。「売り出し価格で計算すると、年間ベースの配当利回りはゆうちょ銀が3.4%、かんぽ生命は2.5%。三菱UFJや第一生命保険など上場している同業、東証1部の平均と比べて高い。」

利子生み資本の得る利子は、労働者が労働対象に働きかけて生みだした新たな価値(剰余価値)の一部である。ある地域で一定期間に生み出された付加価値の総計がGDPと呼ばれる。剰余価値とはイコールではないが、日本のGDP成長率予測では1%低度であるにも関わらず、2.5~3.4%もの配当利回りという想定である。経済全体の動きを見ることのできない短期的、短絡的なお気楽経済予測である。

ゆうちょ銀およびかんぽ生命は、わずかに残っていた公的金融機関の性格を完全に放棄して、金融市場に左右される金融資本へと生まれ変わった。それは郵政労働者の労働によって生み出された剰余価値の一部が、新たな不労所得層にくすね取られるということを意味するだけでなく、次のようなことも意味することになる。

ゆうちょ銀は、他の市中銀行と異なり融資業務は行っていない。銀行は利子生み資本とも言われ、産業資本や商業資本よりもより寄生性が高いといわれるが、ゆうちょ銀の場合は、それを通り越して、いきなり架空資本になってしまった。

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架空資本の性格は次のように指摘できる。

「資本の寄生的および不生産的性格は『架空資本』において頂点に達します。貸付資本は貨幣の貸付をおこなうだけでなく、株式などの有価証券にも投じられます。株主には配当が支払われますが、定期的にもたらされる収入は利子とみなされます。そのため、株式の時価(相場)は、配当を利子率で割って資本還元した額に等しい架空資本価値を持つことになります。」
「金融資本は金融商品市場をつくりだします。株式市場だけではなく、公社債市場、短期金融市場、外国為替市場、それに商品の先物取引市場など数多くの市場がつくられています。それはただ金融商品を『売りか買いか』で取引する、きわめて不生産的な市場です。勝ち負けを『丁か半か』で決めるやくざの賭博とかわりません。」
「労働者が生み出した価値は剰余価値となり、剰余価値は利潤となり、さらに利子となって、ついには架空資本という価値の実体のない資本が労働者を搾取します。架空資本の成立は、資本がだましあいやごまかしのような偶然にたよらない確固とした“構造”であったことの否定です。価値の実体のない資本が大手をふって経済世界に君臨することで、資本のもっていた生産的であるという一定の積極的意義はいっさい消え去ってしまいます。それは、資本主義の歴史上の意義がすでに終わったことを告げているのです。」 
---『入門講座 「資本論」を学ぶ人のために』 平野喜一郎、新日本出版社、2011年6月

ゆうちょ銀やかんぽ生命の資産のかなりの割合がいまだ国債によって構成されており、そこから未だに公的金融機関としての役割があるといえなくもない。

だが、資本主義国家の国債とは何なのか。

「資本主義的国家の租税、国債政策は、資本の利潤を増し、蓄積を助けることを至上命題とする。国家権力がブルジョアジーによってにぎられている国家では、たとえ社会保障とか農業、中小企業の保護とかいう政策がかかげられても、それは資本家的利潤を増大させる手段の限度を出るものではない。その目的に役立つために国家信用が利用されるのである。」
「独占資本主義の段階にはいると、国家の果たす経済的役割は再び増大してくる。ことに第一次世界戦争の後、資本主義の一般的危機の下に国家は、資本主義的生産性の構造の弱点を補強し、再生産過程、景気循環の矛盾をおおうために活動するようになり、資本家的利潤増大のために国家信用が果たす役割は大きくなった。」
「われわれは現代資本主義的生産制の上で国家引用が果たす役割が大きいことをみて、それが独占資本とは別の、その上に立つもののように考える誤りにおちいることがある。近代経済学は意識的無意識的にそういう誤りをふりまいている。しかし国家信用が外から見れば独自の動きを演じているように思える場合にも、それはかならず資本家的利潤の増加に奉仕し、その限度を超えてはいない。」
--- 『ウォール街』 小椋慶勝、青木書店、1953年

ゆうちょやかんぽが保有してきた国債の意味や、アベノミクスにおけるクロダノミクス(日銀の異次元緩和)における事実上の国債引き受けの本質がここに述べられている。

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話がドラえもんの「かげきりばさみ」から大きくそれてしまった。話自体は、本体から切り取られて、本体を乗っ取りそうにまでになった影を捕まえるために、ドラえもんはもう一つの秘密道具「かげとりもち」を使って影を捕まえる。

最初は、生産的資本のひかえめな仲介者という資本主義生産システムの影のような存在だった銀行など金融機関は、21世紀初頭には「大きすぎてつぶせない」と言わるほどになって、経済のみならず政治や社会までを支配するまでになった。グローバルにつながった投機連鎖は、地球の裏側で発生した危機をグローバルな危機へと拡大する。

これを予防するために、トービン税をはじめ、さまざまな金融規制のアイデアが打ち出され、G20を中心に政府・中央銀行レベルにおいても新たな銀行規制が進められている。しかし「かげ」をもともとの場所に戻すだけの、「かげとりもち」的対策だけで、金融資本が引き起こすグローバルな危機は本当に解決できるのだろうか。

(たぶんつづく)

追記:郵政3社上場の問題点の詳しい解説は『伝送便』編集委の土田氏がHOWS講座で行った際の講演レジュメが参考になります。伝送便のサイトからDLできます。
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