「コメなどTPPの重要五項目 農業保護 一人2万円負担」「低所得者ほど重荷」の見出しが躍る日経新聞2013年10月21日朝刊3面の記事です。
記事のリードはこう述べています。
「関税で日本国内の価格が高止まりし、家計に『隠れた負担』を強いていることはほとんど議論されていない。民間試算では国民一人当たり年2万円以上。来年4月の消費税率引き上げによる負担増を上回り、低所得者ほど重荷になっていく。」
ぱっと見ただけで胡散臭いリードです。
記事の本文では、従来よりTPP推進派が主張してきた「国内農家を守るために国民が支払っている余分なコスト」のデータに対して、「品質も調査時期もバラバラ」という反論があることから、「民間試算」として日本経済研究センターが「対象とする品種と時期をそろえて調査」した結果を示しています。
重要五項目については「国内価格は小麦が382.2%、牛肉が279%、牛乳・乳製品が169.2%、コメが125%、豚肉が20.2%、それぞれ海外産より高いことが判明。関税率とは必ずしも一致しないが、関税がなければ内外価格差は理論上ゼロになるため、農業保護の国民負担と見なせる。」
もうこの時点でアホさ加減全開ですが、ふるっているのはこれを消費増税と比較して、低所得者にとって「農業を守る『隠れた負担』のほうが、消費増税よりもおもいことになる」と恥ずかしげもなく主張していることです。
日経センターの論理はこうです。
「全国消費実態調査から一人当たりの重要五項目の消費額を算出。さらに産業関連表を使って加工品や外食での消費額も割り出して加算した。この消費額と内外価格差から算出した一人当たりの負担額は、五項目合計で年2万4000円、4人家族なら9万6000円余り。」
「来春の消費税率の5%から8%引き上げによる負担増は、年収800万円未満の世帯では5~9万円。農業を守る『隠れた負担』のほうが、消費増税よりも重いことになる。」
この時点でこの記事のアホさ加減がわかります。
日経記事が「農業負担」と強弁する9万6000円余りの支出は、現在すでに支出しているもの。
それにひきかえ、3%の消費増税は、これから支出が予定されるものです。
データの正確性を期すためにあれこれと苦労して引き出した「農業保護」ですが、そもそもの比較のスタートラインが違う、ということで、このくだらない「民間」の「試算」なるものはまったく議論にならないものだと思います。こんな比較、おかしいと思わないのか? それに消費税は10%まであげる、というのが財務省の方針です。そうなると年収800万円未満の負担は10万円弱~15万円弱にまで跳ね上がります。
参考資料:家計の負担増 重税感、試算で明らか(東京新聞2012年4月4日)
日経記事はこの間違った比較をもとに、「消費税より、低所得者の負担感は大きい」と次のように述べています。
「五項目は生活に欠かせないため、低所得世帯な負担感が重い『逆進性』が目立つ。世帯を可処分所得ごとに10段階に分けると、最も低い層の所得に占める負担額は3.1%で、最も高い層の1.3%の2.3倍だ。消費税の負担率を動揺に比べると1.7倍。税金で最も逆進性が強いとされる消費税より、低所得者の負担感は大きい。」
「キャノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は『低所得者の財布からひそかにお金を抜き取っているようなもの』と皮肉り、関税の撤廃を訴える。」
関税という「隠れた負担」が「低所得者の財布からひそかにお金を抜き取っているようなもの」であるのなら、消費税は低所得者の財布から堂々とお金をふんだくりブルジョアジーの富と資本の蓄積を支援しているようなものです。
日経記事は最後に、関税による農家保護よりも、関税を撤廃してそのかわりに所得補償を実施するほうが、低所得者にとって負担感はすくない、と主張します。
「関税撤廃に伴う収入源を政府が税金で補償するのが所得補償制度で、TPPで自由化した農作物に導入される公算が大きい。税負担は関税と違って富裕層のほうが重たいため、日経センターは『所得補償の方が低所得者の負担は軽くなる』と結論付けている。」
貧乏人よ、騙されるな! 必要なことは現在の関税を維持しつつ、所得補償金ではなく(「所得補償」とは生産を破壊した代償であり、数年で廃止できるものです)、もっと若者が就農して生活できるような生産・流通・消費・再生産のサイクルを、エコロジカルに作り上げていくということであり、お金を出せばいつでもどこでもなんでも買えてしまう(と錯覚している)現在の大量生産、大量浪費の経済システムに終止符をうつことです。そこには、大量に、そして安く消費されている労働力=非正規不安定雇用の抜本的な見直し=廃止も含まれます。
そもそも日経記事が「民間」と呼ぶ日本経済研究センターは、日経新聞の研究機関で会長は元日経新聞者の社長、現在の代表理事は岩田一政、研究顧問には竹中平蔵らが名を連ねている機関です。自作自演やん!
日本経済研究センター 役員リスト
ブルジョアメディアは、年2万円の「隠れた負担」を大きくがなりたてます。ぼくらは、この国の産業資本家、金融資本家を肥え太らせるための明々白々たる負担(財政赤字)、米軍を養う明々白々たる負担(思いやり予算)、資本家の利益を守るブルジョア政党に流れる明々白々たる負担(政党助成金)、ブルジョア政党をつかって資本家政府を構成する高級官僚らの私利私欲を満足させるための負担(天下り法人の特別会計)、国家主義とスポーツビジネスの育成で人々がのびのびとスポーツをする権利を奪うオリンピック関連への支出という負担、そしてなにより命と自然を破壊しながらいまもなお原発再稼動をもくろむ電力会社らの原子力関連産業という莫大な負担こそを問題にしたいと思います。
この間、よく引用するマルクスの「自由貿易についての演説」(全集第4巻)のなかで、地主らの利益のために穀物価格を維持する穀物法の廃止を主張する自由貿易主義者らが「穀物法の廃止は労働者の賃金を引き上げるためだ」と主張することに対して、マルクスは次のようなイギリス労働者の反論を紹介しています。
「イギリスの労働者は、地主と産業資本家との闘争の意義をきわめて正しく理解した。賃金を下げるためにパンの価格を下げようとしていたのであること、地代が減少すればその結果として産業利潤が増加するだろうということを、彼らはよく知っている」
この演説が行われた1848年当時、イギリスでは地主VS産業資本家の権力闘争のなかで、地主らが高い穀物価格を通じて労働者を過酷に搾取して、労働者の骨まで売ってしまおうとしているとイギリスブルジョアジーは主張し、労働者を同盟に引き込もうとしていました。マルクスはこの演説の中で次のような労働者の主張を紹介します。
「もし地主がわれわれの骨を売るとしたら、君たち製造業者は、蒸気製粉機に投げ入れて粉にするためにまっさきにそれを買うだろう」
この演説が行われてから160年以上が経ちますが、ブルジョアのやり方は、ほんとうに、ほんとうに変わるところがないと、日経のアホ記事をよんで改めて思いました。
スポンサーサイト