サミール・アミンの中国に関する論文に対する批判(2013年4月12日)

2013年4月12日にattac首都圏の会員メーリングリストに投稿したものです。

 + + + + + 

[attac_ml:3335] サミール・アミンの中国に関する論文に対する批判
2013年4月12日

《Monthly Review》の2013年3月号に、サミール・アミンによる「中国2013」という論文が掲載されています。

China 2013 Samir Amin
http://monthlyreview.org/2013/03/01/china-2013

アミンは世界社会フォーラムにも積極的に参加するなど、左派経済学者の論客としてご健在です。

このアミンの「China 2013」という論文を「観察者」という中国のウェブメディアが「小農生産という『中国の特色』」、「過渡期段階としての国家資本主義」、「中国は毎日が岐路にある」とタイトルをつけて三つに分けて翻訳・掲載しています。

「観察者」のアミンのページ
http://www.guancha.cn/SaMiEr•AMing/list_1.shtml

ちょっと気になって読んでみたのですが、これがあまりにヒドい。

英語か中国語ですが、興味のある方はお読みください。あまりのヒドさにのけぞりかえりますが。

ということで、このアミンの論文を批判した中国国内のブロガーの論評を見つけたのでので訳してみました。このブロガーの論評も三つに分けて掲載されていますが、結論的な最後の部分のみを訳出してみました。

このブロガーの正体や立場性などの詳細はわかりませんが、この論評を読む限りにおいては、そう間違っていないかな、と。

そんなことやってる前に他にやる仕事があるだろう、という文句も聞こえてきそうですが…。

ややマニアックですが、興味のある方はどうぞー。


============

アミンの中国2013を評す
2013-4-6

「観察者」のウェブサイトに、サミール・アミンによる中国に関する論評(中国2013)の第二部と第三部が掲載された。それぞれ「過渡期段階としての国家資本主義」と「中国は毎日が岐路にある」と名前がつけられている。この二つの部分でアミンが述べている内容が、第一部(小農生産という「中国の特色」)で述べている事と、ことごとく異なることから、さらに踏み込んで分析することとする。

すでに第一部に対する詳細な分析は述べたので、第二部と第三部に対する分析は簡単にしたいと思う。土地問題について述べた第一部でアミンは「現在の中国に対して『資本主義』というレッテルを貼ることはできない」と述べている。しかし国家資本主義について述べた第二部では、現在の中国だけでなく毛沢東時代の中国についても「国家資本主義」と呼んでいる。その期間は60年を超え、いくつもの歴史的区分を包摂している。幸いにもそれはアミンによれば「過渡的段階」であるとされている。

アミンによれば、中国の国家資本主義は社会主義への過渡のための意識的な選択であるとされている。なぜなら「国家資本主義という政治体制の形成は不可避である。それはいずれの地域においてもそうである。この過程を経ずに、発達した資本主義国家が自ら社会主義の道へと進むことは不可能である(現段階においてこれは日程に上がっているわけではないが)。いかなる社会にとっても、自らを資本主義から解放し、社会主義/共産主義への長い道のりを進むために、国家資本主義は最初の段階である」と述べている。

この種の硬直した段階論は、マルクス主義と何らあい通じるところなどない。レーニンは『国家と革命』において、国家資本主義は「ただ社会主義革命がすでに間近に迫っており、実現が可能で、一刻の猶予もならないことを証明しているだけであり、改良主義者による社会主義革命の否定と資本主義の粉飾を容認できることを証明するものでは決してない」と述べている。

真の革命家と学究の徒をかたるペテン師との違いはここにある。アミンは中国の「労働者と生産を組織する政権の間の関係は資本主義的特徴に合致している。・・・・・・社会主義への道を歩むことを宣言している国家にとってそれは恥ずべきことである」と認めざるを得ない。彼は自己弁護を続けるために、資本主義と社会主義の間に横たわる新たな「段階」――国家資本主義という段階を捏造した。しかもこの段階は、すべての社会が回避することができないという。

アミンは「中国の国家資本主義は、社会主義へむかう長い道のりを保障するが、このような道のりを放棄して純粋に資本主義を発展させる可能性も同時に強化する」ことも認めざるを得ない。しかしアミンは、その可能性についての分析を深めると見せかけて、「このような巨大な国家において、その規模にふさわしく、自立的で、完備された現代生産システムを構築したという功績において、比較可能なのはアメリカくらいである」と、話題をさっと変えてしまうのだ。

つまり、アミンにとって中国は資本主義なのである。それゆえ、彼が論文の第一部で述べている土地問題についての言説は、何かとても奇妙なものに見えるのである。彼は、他の人が中国は資本主義だと主張することに警告するが、自分では、中国は資本主義である、しかも[毛沢東の時代の]最初から資本主義であったと宣言しているのである。

彼がそのように振舞う理由は二つある。ひとつは、既に述べたところだが、彼の論理が、中国で起こったことはすべて正しいと見なしており、全ての本質的な区別を無視し、大きな違いのある歴史的区分のどちらも国家資本主義であると述べ、自らのメンツを保たなければならなかったからである。ふたつめの理由はさらに重要である。それは、中国を社会主義へ推し進める決定的な勢力がまだ存在することを証明するためである。

これについてさらに分析を進める前に、いわゆる中国の国家資本主義という問題にしばしたち戻ってみよう。アミンは、中国のこの30年の成果を熱心に褒め称え、現在の中国の「社会的次元があらためて相応しい地位を獲得した」と賞賛する。そしてアミンは二つのことに言及する。

ひとつは、中国の成功が全面的な資本主義グローバル化システムへの融合によるものではないことを必死に証明しようとしていることだ。彼いわく「中国とソ連の統合という問題は最初から存在しなかった。中国側の民族主義がそのような統合を受け入れなかったということもあるが、それ以上に中国側の喫緊の任務がそのような統合を必要としなかったのである。毛沢東時代の中国は自らの方法で離脱しようとした。・・・・・・中国の成功は主に(ひいては完全に)外資の導入によるものである、という主張ほどでたらめなものはないだろう。・・・・・・中国とグローバル化の融合は依然として部分的に完成しているだけであり、しかもそれは[中国によって]コントロールされている(あるいはそう言いたければ、少なくともコントロール可能である)。中国は依然として金融グローバル化の外にある。……さらに、中国は公的信用システムにおいて大量の準備金を保有している。アメリカ、ヨーロッパ、日本および多くの「南」の諸国における耐え難き負債率に比べ、中国の公的債務はほとんど無視できるものである。それゆえ、中国は公共支出を拡大することができるし、悪性インフレー
ションを引き起こす危険はない。」

ソ連邦が主導した悪名高きCOMECON(コメコン)が失敗に終わったのは、ひとつにはソ連邦が加盟各国に充分な資金と技術を提供することができなかったこと、ふたつには、ソ連邦にはそもそもそのような考えがなかったことにある。ソ連邦は一貫して「社会主義の大家族」の諸国家を自らの経済的植民地と見なしてきた。アメリカ人と商売をすればほんの僅かでも儲けはあるが、ソ連人と商売をしたら大損をするとよくジョークで言われたものだ。中国は統合の必要がなかったのではない。実際には中国はソ連邦からおおくの援助を受けていた。ソ連邦が中国であまり利益を得ることができなかったに過ぎない。中国の「離脱」は選択したものではなく、中ソ対立の政治的代償であり必要な犠牲であった。

現在のグローバル化への言及に至っては、アミンの解釈は完全に誤りである。中国は決して金融グローバル化の外に身を置いているのではない。人民元の国際化、資本・金融取引の開放は、中国の既定目標である。長年にわたり、中国は一貫して途上国における最大の外国投資受入国である。2012年の中国における国境を超えた資本移動の正味額は3267億ドルに達している。しかも、中国の公的債務の状況は決してアミンの言うような楽観できるものではなく、地方政府の債務危機は一貫して研究と論争のホットなテーマとなっている。

彼が言及した二つ目の事柄は、この30年の成功の功績と毛沢東を関連付けようとしたことである。彼いわく「次のような主張を繰り返し聞かされる。それは、中国の成功の秘訣は(安易に「失敗した」と見なされている)毛沢東思想の放棄と対外開放および外国資本の流入にある、というものである。このような考えは非常に愚かである。毛沢東時代に建設されたインフラを基礎としなければ、開放政策はこれほどまでに衆口一致して成功したとみなされなかったであろう。同じような革命が成功しなかったインド[の現状]と比較すれば、よくわかることである。」

毛沢東時代に建設されたインフラが改革開放による経済的飛躍の基礎的要素となったことは確かである。しかしそれはあくまで物質的な要素であり、それを中国が依然として毛沢東思想を堅持しているという結論と結び付けることなどできない。かりに現実に堅持していたとしても、である。

アミンがこの二つの事柄をここで主張した目的は、現在の中国がいまだ徹底した資本主義の道へとは進んでいないということを証明するためである。そして、中国が社会主義化を推進する必要性が提起された。そして、誰が中国の社会主義化を推進するのかという問題が提起された。そして、アミンが[第一部で]土地問題において粉骨砕身して事実を歪曲した意図がはっきりとした。

アミンはまず、資本主義の道には前途はないと述べる。そして「毛沢東はレーニンよりも資本主義の道に前途がないことを理解していたし、中国の復興は共産主義者によってのみ完成させることができると理解していた。……それだけでなく、毛沢東は、さらに1949年の勝利――予め革命の成功を意味するものではない――および、長期にわたる社会主義路線の堅持という中国復興の前提条件が、将来における資本主義復活との間で衝突することを予見していた。……われわれは次のような結論を引き出さなければならない。もし豊かな国に『追いつき追い越す』ことが不可能な場合、もうひとつの選択をしなければならない――社会主義への道という選択を。」

アミンは感情を込めて次のように述べる。「個人的には、私はずっと毛沢東の分析に共感してきた」。アミンは自分自身の、中国は社会主義と資本主義のどちらの道を歩むべきかという思想と、毛沢東の「社会主義の時代にも資本主義復活の可能性が存在する」という思想を「有機的に」結合させた。しかしその結合は成功したとは言いがたい。なぜなら、毛沢東によれば、中国は社会主義であり、資本主義は復活する可能性があるにすぎないというものだが、アミンは中国はそもそも社会主義の入口に到達してはいないと述べているからだ。

さらに決定的なことに、張春橋(毛沢東思想の解釈でいえば、アミンよりもはるかに権威がある)は、資本主義が中国で復活する可能性の経済的基礎が中国の土地制度にあると考えていたが(ここでは張春橋の理論についての詳細には触れない)、アミンは中国が社会主義の道へと進む希望を中国の土地制度においているのである。なんという皮肉だろうか!

アミンが国家資本主義を中国に当てはめる目的のひとつは、中国の社会主義化を推進する決定的勢力がいまだ存在することを証明するためである。アミンは大仰に中国における階級分析をおこなっている。彼はまず中国における右派(資本主義シンパ)がどこから来るのかについて述べる。その後、急いで次のように結論を述べるのである。「私が重要だと思うもうひとつの観点を提起したい。それはまさにレーニンが述べたように、小生産者(特に農民)は右派の理念によって煽動されることはない。ここで中国と旧ソ連について比較可能だ。全体的に中国の農民は反動ではない。中国の農民は私有財産の原則を擁護しているわけではない。……逆に、今日において小生産者(小資産家ではなく)としての中国農民は右派的立場には立たない階級となっており、最も大胆に社会およびエコ政策を推進する陣営の一部を形成している。『農村社会の再生』(renovating rural society)という力強い運動がこのことを証明している。中国農民は基本的に労働者階級と同じ左派陣営の側に立つものである。左派には有機的知識分子がいて、国家と党の機関に一定の影響を与えて
いる。」

ここに、アミンの結論が明らかになった。アミンによれば、中国の社会主義化を推進する最も強力な勢力は、中国の労働者階級の覚醒と闘争ではなく、中国の農民なのである。彼は論文の前半部分で、中国にはそもそも[農村には]存在しない土地の国有制度について大きな遠回りをしたが[都市部の土地は国有地だが、農村の土地は住民の集団所有制]、それはこの結論を導き出すためだったのだ。

彼は中国の農民とロシア十月革命前の農民には根本的な歴史的違いがあることを全く理解せず、中国の農村がいまも疲弊し続けていることを理解せず、中国農民の身分は複雑化しており、ますます本当の意味における「農民工」となっていることを理解せず、すでに都市部の経済が農村部の経済を決定的に圧倒しているだけでなく、その規模においても両者を並べて比較することなどできなくなっていることを理解せず、いかなる時代の農民もその生産様式に規定されて社会革命を牽引することができないということを理解せずに、このような奇妙な結論を導き出したのである。

スポンサーサイト

Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する