
ひさびさの更新です。
この間も、会員MLにはいろいろと書いていたのですが。
折を見て掲載していきますが、とりあえずは最近の話。
昨日8月31日の日経新聞朝刊6面に、中国当局が、周永康・前共産党政治局常務委員に対して腐敗の疑惑で調査するという報道がありました。
党政治局常務委員は8000万党員のピラミッドの頂点に位置し、現在は習近平総書記を筆頭に7人で構成されています。周氏が政治局常務員を務めた2007年からの5年間は、政治局常務委員は9人で構成され、彼は司法や治安などを統括する部門を統括していました。
調査対象となった理由は不明ですが、先日、公開裁判となった薄煕来に対する厳罰に反対していたとも言われています。
またその出身母体である国有石油部門は、巨大な利権と人的ネットワークによって「石油閥」と呼ばれ、党内でも一定の勢力があり、民衆の怨嗟の対象となっている巨大な腐敗構造の象徴でもあり、そして何よりも党の集団的統治を揺るがす勢力となったことが、今回の腐敗調査の対象につながったといえます。
先週8月26日には出身母体である中国石油天然ガスグループ(CNPC)の参加企業である大慶油田の経営者など4人が「党の規律違反の疑い」(理由は不明)で更迭されており、「四つの整風」として反腐敗を掲げる習近平体制による政権固めの一歩であるとおもわれます。
いわゆる「石油閥」といわれる国有石油ネットワークに依拠する膨大な権力利権構造は、習近平体制のナンバー2である李克強首相が進める構造改革(いっそうの自由化)にたいする抑制的作用もあります。
日経新聞の周氏に対する汚職疑惑捜査の記事のすぐ隣には「上海自由貿易区 始動へ」「李首相、問われる指導力」という記事が掲載されています。
日経の記事ではこう書かれています。
「上海に『自由貿易市健区』を設置。区域内で貿易や金融にかかわる規制を大幅に緩和し、上海を起点に経済改革を加速する姿勢を鮮明にする。中国共産党・政府内では急速な対外開放に対する慎重論も根強く、自由化を主導する李克強首相の指導力が問われる。」「試験区は…広さは山手線の内側の半分の面積に相当する約28平方キロ。」「試験区で輸出入時にかかる関税の減免や、通関や検疫にかかわる手続き簡素化などが自由化策の柱となる見込み。」「金融分野の開放も進む見通し。区域内の企業への人民元建ての貿易決済手続きの簡素化など、将来の人民元の取引自由化も視野に入れている。」
この上海自由貿易試験区に対して、党の老幹部ら15人が全人代(国会)の議長に対して書簡で疑問を投げかけています。憲法で定められた全人代の権限がこの試験区では適用が除外されることや、試験区の政策が?小平の「一国二制度」(中国は社会主義、香港は資本主義)という国の基本政策に反するのではないのかとか、自由貿易の象徴的都市である香港で1997年に金融危機が発生した影響は広東省にも波及したが中国政府は多大な犠牲を払って香港及び中国の経済の安定に尽力したがその苦い教訓を忘れたのか、などなどです。
この老幹部のいう「社会主義」はマルクスのいう社会主義とまったく違うものではあるのですが、党内には現在の習・李指導部による構造改革に対する慎重論や反対論がこれまでになく強まっていることもまた事実です。
石油閥に代表される国有企業を基盤とする官僚たちは、このような構造改革に対する慎重論や反対論をそのまま反映しているわけではありません。むしろ中国が1990年代から進めてきた構造改革(改革開放)のトップを走り続け、とくに石油産業を基盤とするエリートは、現在はグローバル企業のトップに位置するようになったことなど、改革開放政策の中でもっとも恩恵を受け、その利権も多国籍に展開するようになっています。
ナンバー2が更迭された大慶油田を統括する企業グループの中国石油天然ガスグループ(CNPC)の周吉平会長は6月にエクアドルを訪問し、エクアドル太平洋製油所並びに上流石油鉱区開発一貫協力枠組協定に調印しています。CNPCはすでにエクアドルにおいてアンデスプロジェクトを実施し、4つの石油鉱区を有しています。また先日問題になったヤスニITT油田区の周辺アマゾン地帯の開発にも乗り出しています。
つまり大慶油田をはじめ、巨大な経済的人的ネットワークを有する「石油閥」のトップエリートは、台頭するグローバル・チャイナの象徴でもあり、その腐敗ぶりや権勢ぶりは中国の改革開放の不都合な真実の一つだといえます。これまでは「必要悪」として容認されてきた「石油閥」の振る舞いでしたが、より深く、より大規模に、そしてよりグローバルに拡大した利権構造が、党の集団的指導とそれが進めようとする構造改革政策の桎梏となってきたのではないか、と思います。
それは毛沢東時代の「整風運動」とおなじく政治路線の根幹にある経済政策をめぐる派閥闘争であるとおもいます。しかし政治路線については、毛沢東時代においては歪められていたとはいえ、二つあるいはいくつかの異なる「社会主義路線」についての派閥闘争であったといえますが、現在は二つのあるいはいくつかの異なる「中国の特色ある社会主義」という名の資本主義路線をめぐる派閥闘争といえます。薄煕来の路線ももちろん「中国の特色ある社会主義」という名の資本主義路線の一分派です。
ところで、大慶油田のホームページには、大慶油田など石油産業をはじめとする国有企業が依然として中国経済において重要な位置にあることを宣伝する研究文書などがたくさん掲載されていますし、国有企業ならではですが、企業のトップがその企業の党組織のトップを兼ね、習近平総書記の講話や党の政策を企業職員に対して説教をたれる記事も満載です。
8月26日に更迭された大慶油田総経理の王永春氏は、大慶油田のナンバー2として、党の方針を熱心に宣伝していました。たとえば反腐敗とならんで習近平政権のもうひとつの政治路線である「党の大衆路線」を宣伝するために、王氏は8月5日に「党の大衆路線教育実践活動動員配置大会」なるものを開催し、大慶油田ナンバー1の党書記の講話、大慶油田のグループ統括会社からの視察団の講話などを行っています。今となっては習指導部にこびへつらうための最後の悪あがきとも思えなくもありません。
さてさて、前置きが長くなってしまいました。薄煕来裁判についても考察しなければならないのですが(中国国内の毛沢東主義グループは「薄煕来同志を支持する」「薄煕来同志は社会主義の希望」などというどうしようもない声明を出していますが)、それよりもこの「石油閥」に対する粛清におおきな関心を持った理由は、これら「石油閥」の台頭が、なによりも1990年代後半から2000年代にかけて行われた石油労働者をはじめ国有企業労働者に対する無慈悲な階級闘争による勝利を理由としているからだと思ったからです。
「工業は大慶に学べ」という毛沢東のスローガンにあるように、革命中国の工業化の象徴であった大慶油田では、2001年WTO加盟を契機にした国際競争力強化の一大国策として、労働者の抵抗を叩きつぶして石油産業の再編合理化が進められ、60万人に及ぶ石油関連の労働者が企業再編のなかでリストラされました。
つまり石油閥が寄ってかかる石油利権は、これらの60万人の労働者の犠牲の上にあるわけです。また石油メジャーとの競争の必要性から、国有石油産業をはじめ多くの国有企業で派遣労働が当たり前のように導入され、正規職員との賃金格差も大きいといわれています。
中国共産党の派閥闘争について「太子党」「共産党青年団」「江沢民派」でしか物事を考えられないメディアや一部の専門家らにはまったく関心はないでしょうが、新自由主義グローバリゼーションに反対し、グローバルな連帯をもとめる人々にとっては、一党独裁とグローバル資本主義にもまれる中国労働者のたたかいの苦い歴史のうえに、現在の中国のグローバルな台頭や社会の様々な亀裂、そして党内闘争が関連しているということも大切な視点だと思います。
中国の台頭には、農村からの豊富な出稼ぎ労働者という「人口ボーナス」だけでなく、国有企業の大規模なリストラ(民営化や企業再編を含む)という「民営化ボーナス」もあったこと、そしてそのような「ボーナス」は、1989年6月の天安門事件によって、その量も質も大きく変化したということも忘れてはならないと思いながら、中国社会のうねりを注視していきたいと思います。
【追記】
表題の件について、今晩の中国の中央テレビや人民網ウェブサイトでは、国務院国有資産監督管理委員会の主任である蒋潔敏が深刻な規律違反で調査を受けていると報道されています。
国務院国有資産監督管理委員会というのは国有資産を管理する政府部門で、主任というのは委員会の長で閣僚級のポストです。蒋氏は党の昨年の18回大会で205人いる中央委員に選ばれており、その前までは中国石油天然ガスグループの総裁を務めていた人物で、石油閥の出世頭の一人でした。中央委員レベルに対する規律違反調査は、習近平執行部としては初めてのことになります。
国有企業を管理する部門のトップである石油閥に対する粛清は、習・李指導部が今後進めるであろう国有企業改革にとって、大きな障害を取り除くことになるでしょう。党内における内乱が党外における内乱に波及する移行係数はあらかじめ測ることは不可能であり、党内の内乱をさらに拡大させるほどに党外の内乱勢力の力は集中も高揚もしてはいませんが、新自由主義ではないもうひとつのアジアをめざす運動は、党内の改革慎重派から自立した動きに注目し、支援するという原則は依然として有効でしょう。
(2013年9月1日夜 追記)
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