逆立ちしたアベノミクスの本質

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1月29日、2013年度予算案が閣議決定された。予算案は「アベノミクス」の「三本の矢」である財政政策、金融政策、成長戦略のうちの財政政策に直結する内容だ。

三本の矢は、財政政策は「オールド・ケインジアン」とも言われる麻生太郎財務相に象徴される土木公共事業重視という旧態依然、金融政策は「悪いのは全部日銀」と言わんばかりのリフレ派(市中のおカネを増やせば景気回復する)ブレーンに担がれる安倍晋三首相の「2%インフレ目標」などのめちゃくちゃな金融緩和、そして成長戦略は、民間委員10人のうち8人が「解雇を自由に」「温暖化ガス25%削減目標は無理」「法人税下げろ」「農業を資本に開放せよ」「TPP推進」などを恥ずかしげもなく叫ぶ経営者であり、のこる2人のうちの学者委員の一人はなんとあの竹中平蔵というとんでもない構成メンバーの産業競争力会議によって方向性が決められようとしている。

つっこみどころ満載のアベノミクスだが、なぜか批判の矛先は日銀に向かっている。

「日銀が物価目標と同時に決めた緩和策は、相変わらずの小出しで力不足だ。」「あと一歩でデフレ脱却に近づいた2006年3月に量的緩和政策をやめ、景気の失速を招いた。00年のゼロ金利解除も同様だ。」(東京新聞1月24日社説)

日銀が金融緩和をやめたからデフレ脱却ができなかった、ということらしい。

かの竹中平蔵教授も「東洋経済」臨時増刊でのインタビューで、こう憤る。

「私が政府にいたとき、苦労して需給ギャップをゼロにした。これで本格的にデフレが解消できると思ったら、06年3月に日銀は量的緩和をやめてしまった。」(『瀬戸際の日銀』週刊東洋経済臨時増刊)

だがその需給ギャップゼロは、詐欺まがいのサブプライム商法で勢いづくアメリカ経済や「世界の搾取工場」としてグローバル経済に登場した中国経済の勢いによってつくられた幻影ではなかったのか。本当に力強い景気回復であるならば、その後すぐに量的緩和を復活させた日銀の金融政策によって、デフレ脱却ができたのではないか。しかし実際にはそうならなかった。

「日銀は4年以上、事実上のゼロ金利政策を敷き、資産購入も2010年の開始時の35兆円から[101兆円にまで]大幅に増えた。それでも消費者物価はマイナスにとどまる。」(日経新聞1月24日朝刊)

なのに、これだけカネをばらまいても物価が上がらないのは、日銀の金融政策ではなく他に原因があるのではないか、と思うのが普通の感覚だろう。

しかし同じ日経の記事はさらなる大胆な緩和を叫ぶ。

「100兆円強の日銀の購入資産のうち上場投資信託(ETF)や不動産投資(REIT)や社債などリスク資産枠は7.6兆円にとどまる。購入規模を増やせば景気刺激効果がある。」

金持ちや投資家にしか関係のない高級マンションなどバブルをあおる不動産市場に日銀みずからがのり込めということか。20年前のバブル時代とは言わないが、ほんの数年前に破たんしたサブプライムの教訓はどこへいったと思う。

まだまだつっこみどころ満載なのだが、本題にかえり、アベノミクスの三本の矢の一つである財政政策に直結する予算案を見てみよう。

予算案の総額は92兆6115億円。その内訳は以下の通り。

歳入
 税収:43兆960億円
 税外収入:4兆535億円
 新発国債:42兆8510億円
 年金特例国債:2兆6110億円
歳出
 社会保障・公共事業:53兆9773億円
 地方交付税交付金:16兆3927億円
 国債費:22兆2415億円

このほかに2012年度補正として10兆2815億円が計上された。

歳入の半分が新規国債。歳出の四分の一が国債借り換えや利払い、つまり金融機関への支払である。

日銀は欧米に先駆けてゼロ金利、量的緩和政策を実施してきた。大量のマネーを銀行に流せば、銀行から企業、企業から労働者へカネが流れ、それが景気回復、デフレ脱却につながる、と考えてきた。しかし実際にはそうはならなかった。しかしそれでもマネーを供給し続けなければならない。それは、あちこちから汚染水が漏れ続けているにもかかわらず、それでも大量の冷却水を循環させつづけなければならないという福島第一原発の収束作業にも似ている。

前述の東洋経済のインタビューでは、「ゼロ金利下では、民間金融機関から国債を日銀が買い入れても、保有者が変わるだけで、供給されたおカネは市中にはでないのでは?」と質問された竹中教授は次のように答える。

「やってみればいいじゃないですか。少なくともまったく同じことにはならない。マネーは増えるから期待が変わる。おカネがジャブジャブあるから、やっても何も変わらないという人が必ずいる。では、マネーの供給量を2倍にしても何も変わらないと思いますか、と聞くと、今度はハイパーインフレになるという。いずれにせよ、こうした人たちに共通するのは、だったらどうすべきかという代案がないこと。リスクはあるけれども日銀にはインフレ目標を持って慎重にやってもらう。結論はそれしかない。」

これだけ膨大なマネーが市中にある場合、インフレ圧力はただならぬものになる。日銀は保有する国債やリスク資産を市場で売れば市場のマネーを吸収できるが、そうなると国債暴落や不動産市場などが底抜けに暴落を始めることにもなりかねない。とはいえ失敗の前例からゼロ金利解除もそう簡単にはさせてもらえない。だから「慎重にやってもらう」となるのだが、これまでさんざん政府の失策の尻拭いをさせられてきた日銀にとって、それはかなりムシのいい話に映るだろう。

竹中教授は、三本の矢の一つである成長戦略について、産業競争力会議の第1回目の会合で次のように語っている。

「企業に自由を与え、体質を筋肉質にしていくような規制改革が成長戦略の一丁目一番地。世界銀行の規制環境ランキングでは、日本はかつての40 位から、一度28 位にまで上がったものの、直近では47位にまで下がり、韓国や台湾どころかマレーシアにまで劣っている状況。成長のため、国の資金投入は重要だが、その手法には注意を要する。ダボス会議でも国家資本主義が話題になっており、genuine capitalism を如何に守るのかが重要な論点。」(産業競争力会議 2013年1月23日 議事要旨より)

「日銀はもっと国債を買え」というのは国家資本主義ではないのかと、思わず笑ってしまうのだが、そもそも国債とは資本主義の創生期において重要な役割を果たしたという指摘がある。

「公債は[資本主義の]本源的蓄積のもっとも精力的な槓杆の一つとなる。それは、魔法の杖で打つかのように、不生産的な貨幣に生殖能力を与えて資本となし、しかもその際この貨幣は、産業的投資にも高利貸的投資にさえも不可分の煩労と危険とを冒す必要がないのである。貸付けられた金額は、容易に譲渡されうる公債証券に転化され、それは、彼らの手中で同額の金額と全く同様に、機能することを続けるからである。・・・・・・国債は、株式会社、各種有価証券の取引、株式取引業を、一言でいえば、証券投機と近代的銀行支配とを勃興させたのである。」―――マルクス著、エンゲルス編 『資本論』 第七篇 資本の蓄積過程 第二十四章 いわゆる本源的蓄積 第六節 産業資本家の生成 より。

竹中教授のいう「genuine capitalism」(純正資本主義)が何を指すのか不明だが、資本主義はそのスタートからして国家に依存していたこと、「genuine capitalism」が繰り返し引き起こしてきた恐慌はつねに国家が荒々しく後始末をしてきたことなどを思い起こすと、「genuine capitalism」とは「もうけは自分の懐に、ツケは社会全体に」というリーマンショック以降に世界中で見られた現象に他ならないのかもしれない。もうたくさんだ。

長くなった。結論を急ごう。

国債にはもう一つの利点があるとマルクスは同じ著書の同じ箇所で指摘している。。

「国債は、年々の利子その他の支払を支弁すべき国家収入を、支柱とするものであるから、近代租税制度が、国債制度の必然的補足物となった。国債によって政府は、ただちに納税者に響くことなく、臨時費を支出することを可能にされるのであるが、しかし、国債は結果としては、増税を必要とする。また他面では、つぎつぎに借り入れる負債の累積によって引き起こされる増税のために、政府は新たな臨時支出に際しては、つねに新たな借入れをなさざるをえなくなる。ゆえに、もっとも必要な生活手段に対する課税(したがってその騰貴)を枢軸とする近代的財政は、それ自体のうちに自動的累進の萌芽を蔵しているのである。加重課税は偶発事ではなく、むしろ原則である。それゆえ、この制度を最初に採用したオランダでは、大愛国者のデ・ヴィットがその箴言の中でこれを称賛して、賃金労働者を従順、節倹、勤勉にし、そのうえに・・・・・・過度の労働に堪えさせるための、最良の制度であるとした。」(同)

「国債制度による加重課税は原則である、過度の労働に堪えさせるための最良の制度である」……まるで近年の日本のあり方を見通していたかのような指摘である。

1月29日、連合の古賀伸明会長と経団連の米倉弘昌会長のトップ会談で春闘が事実上スタートした。連合は「個人消費を拡大するために賃上げが必要で、それがデフレ脱却につながる」と主張する。経団連は「デフレ脱却で企業業績が改善して、初めて賃上げできる」という。

安倍首相はデフレ脱却として雇用・賃金の拡大を政治目標に掲げている。あれだけ日銀の独立性への介入に必死であった安倍首相は、デフレ脱却のカギともいわれている雇用・賃金の引き上げにはほとんど関心をしめしていない。平均賃金を引き上げた企業への税制優遇という方針も、賃金の底上げではなくあくまで平均での引き上げ(つまり誰か一人の賃金を上げても平均は上がる)であることに注意が必要だ。

雇用や賃金の改善にとって政治ができることはたくさんある。非正規雇用の抜本的解消は規制改革という政治の課題だ。最低賃金の大幅な引き上げも同じく政治の課題である。しかし産業競争力会議の面々を見るだけでも安倍内閣の方向性は180度逆であるといえる。

トップ会談の翌日、連合傘下のトヨタ自動車労働組合は、ベースアップ(ベア)要求を早々に見送る方針を決めた。

「賃金労働者を従順、節倹、勤勉にし、そのうえに・・・・・・過度の労働に堪えさせるための、最良の制度」である国債の巨額発行に依存するアベノミクス。

マルクスはヘーゲルの弁証法を「逆立ちしている」と批判して、それを「地に足をつけたものにしなければならない」と唱え、物事の本質を見極めてる弁証法的唯物論を世に送り出した。

マルクスのこの批判を当てはめてみると、アベノミクスの本質が見えてくるかもしれない。そう、スクミノ……。

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