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革命家を殺すことはできても、その思想までは殺すことはできない~トーマス・サンカラを記念して

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IMFのラガルド専務理事は、10月12日に東京で開催されたのIMF世銀総会の演説で次のように語った。

「危機を抜け成長を取り戻す事、なかでも失業率問題という厳しい問題を解決する事が最優先課題であることは明らかです。・・・成長なしでは、世界経済の未来は危ういのです。おそらくこれまでに蓄積された多額の公的債務が、最大の障害となるでしょう。先進国・地域の公的債務は、現在平均してGDPの約110%と、第二次世界大戦以来、最高の水準にあります。・・・・・・成長なしでは、公的債務の削減は一段と困難になるということです。そして多額の債務により成長を達成することが困難となります。」

欧州危機の真っ只中の2007年から2011年にはフランス金融資本の代弁者である財務省大臣として、そして2011年7月からはIMFの専務理事として南の諸国やギリシャやポルトガルなどの南欧諸国に対して新自由主義政策を押し付けながら滞りなく債務を取り立てる国際金融機関のトップに就任している。

危機の直前の2008年時点で、PIIGSと呼ばれるポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペインの銀行などが抱える民間債務の四分の一近くがラガルドを代弁者とするフランス金融機関の貸付である。それらの民間債務の多くはソブリン危機の混乱のさなかに各国政府の公的債務に転換された。まるで人事のように「第二次世界大戦以来、最高の水準にあります」などとうそぶくラガルドの発言のなんと無責任なことか。

この公的債務については、マルクスは『フランスにおける階級闘争』(1850年)のなかで次のように述べている。

「議会をつうじて支配し、立法していたブルジョアジーの分派にとっては、国家が負債に陥ることは、むしろ直接の利益になった。国庫の赤字、これこそまさに彼らの投機の本来の対象であって、彼らの致富の主源泉であった。毎年度末の新しい赤字、四年か五年たつごとに新しい借款、そうして新しい借款のたびごとに、人工的に破産のせとぎわにおかれた国家から、金融貴族が詐取する新しい機会があたえられた。・・・・・・このようにして国家の手を通じて流れでた巨額の金は、詐欺的な納品契約や賄賂や公金私消やあらゆる種類の詐欺行為の機会をあたえた。国債をつうじて大規模に行われた国家からの詐取は、いろいろな国営事業で小規模にくりかえされた。議会と政府とのあいだの関係は、そのまま個々の官庁と個々の企業化の関係として、いく層倍の数にもなってあらわれたのである。」

マルクスの時代と比較にならないほどグローバルに金融化が進んだ現代資本主義は「あらゆる種類の詐欺行為」によって維持されているといっても過言ではない。

ラガルドはおなじ演説の中でこのようにも述べている。

「今重要なのは、熟慮ではなく必要とわかっている政策を実行へ移すこと、そしてあらゆる面で連携することです。プレーヤーは様々ですが、これは一つのゲームであり、ますます複雑化しているものの、それぞれのポジティブな努力を集積し得るゲームです。」

1986年、フランスをはじめとする帝国主義金融資本によって徹底的に貧困化・暴力化されたアフリカ・ブルキナファソの若き大統領、トーマス・サンカラは、1986年にエチオピアのアジス・アベバで開かれたアフリカ統一機構で次のように演説をしている。

「債務を支払うことはできない。まず、もし私たちが支払わなくても、金貸したちは決してそのせいで死ぬことはない。しかし一方、もし支払えば、ほとんど確実に私たちは死ぬ。(中略)私たちを債務漬けにした連中は、まるでカジノにでもいるように賭けをしたのだ。彼らが勝っている間は何の問題もない。いまや彼らはギャンブルに負けたので、私たちに返済を要求している。彼らは賭けをし、負けて損をした。それがゲームのルールだ。(中略)もし、ブルキナファソが債務支払を拒否する唯一の国だったら、私は次の会議の時にはいないだろう。」(『世界の貧困をなくすための50の質問』エリック・トゥーサン、ダミアン・ミレー著/大倉純子 訳/つげ書房新社161~162ページより)。

ラガルドがサンカラのこの演説を念頭においていたとは思えないが、サンカラの思想はラガルドが代表するフランスをはじめとする国際金融資本の思想と真正面から対立している。

「私は次の会議の時にはいないだろう」というサンカラの不吉な予言は現実のものとなってしまう。翌1987年10月15日、サンカラはフランスに支援された軍人コンパオレのクーデターによって37歳の若さで殺害される。コンパオレはその後現在に至るまで国家元首として同国に君臨している。2008年6月に横浜で開催されたアフリカ支援会議(TICAD4)にも大統領として参加しており、2010年には再々当選を果たしていることから、来年開催予定のTICAD5にも参加するだろう。

外務省の説明によると、「1987年の軍事クーデター以降、世銀・IMF等からの支援も開始され、1991年に最初の構造調整計画が開始。以降、政府は財政不均衡や国際収支の是正、民間部門の強化等各種政策を実施。・・・・・・2000年にはサブサハラで2番目にPRSP(貧困削減戦略文書)を策定。ブルキナファソによる経済改革、民主化努力は、世銀、IMF等を含む諸パートナーからも高く評価されている」とある。

ブルキナファソは90年から綿花部門、通信部門の民営化とリストラ、電気・石油部門の民間開放、水道事業や交通網の整備などを通じてフランスをはじめとする多国籍資本やIMF・世銀の政策を忠実に実施してきたことから「高く評価されている」のだ。

2002年4月ブルキナファソは、G7諸国がつくった債務帳消しスキームである重債務貧困国(HIPC)イニチアチブの完了点に到達して債務削減を受けている。だが完了点に達するには債務を作り出してきた構造調整政策を実施しなければならない。そもそも債務のなかで返せるあてのないものだけを「削減対象」として削減するのがこのHIPCイニシアチブである。貸した側の都合だけで削減対象とそのための条件が決められるという貧困削減とは何の関係もないマヤカシの債務削減にすぎない。

世銀のレポートでも「ブルキナが教育に関するミレニアム開発目標を達成できる可能性は低いでしょう。」「2004年には約2万2000人の生徒が中等学校への進学を望んでいましたが、全員を受け入れることはできませんでした。」「子供の5人に2人は栄養不良で、学校教育を受けていません。この国の社会福祉指標は依然としてサブサハラ・アフリカの平均を下回り、人間開発指標では、最下位近くに位置しています。」

資料:IDAの取り組み:ブルキナファソ

「債務を払うことはできない!」と喝破し、「公共部門の拡大、公共支出・投資の拡大など」(日本外務省)を実施してきたサンカラをクーデターによって殺害し、フランスや多国籍企業、IMF・世銀をはじめとする多国籍資本のための国づくり20年以上も進めてきた政治経済体制の現実がこれだ。

ラガルドは演説の最後に「敵に塩を送る」という日本のことわざを紹介している。

「困っている者には、相手が自分と違っても自分と同じチームではなくとも、寛大であれということです。困難な時は、お互いを助け合うことが前進する唯一の道である、これがメッセージです。」

武田信玄が北条・今川連合によって経済封鎖をされているときに、武田の宿敵であった上杉謙信が武田に塩を送ったというエピソードだが、実際には経済封鎖をされていた武田領では経済封鎖によって塩の価格が暴騰しており、上杉勢としては従来どおり塩販売を続けるだけで莫大な資金が得られた、ということに過ぎないようだ。つまり武田勢の苦境を利用して上杉領地の塩商人がぼろもうけをしたビジネスチャンスに過ぎない。

ラガルドが最後にこのエピソードを紹介したことは、IMF・世銀の「支援」や「援助」の思想性を象徴するものと言えるだろう。

10月15日のサンカラ暗殺記念日に向けて、attacブルキナファソ、attacトーゴ、attac/CADTMモロッコなどアフリカ欧州の20の組織がトーマス・サンカラを記念し、公的債務問題に取り組むための南と北の共同戦線の呼びかけを発している。

◎トーマス・サンカラに敬意を表し公的債務に関する国際的動員の呼びかけ
http://cadtm.org/Appel-a-une-mobilisation(フランス語)
http://cadtm.org/Call-for-an-international(英語)
http://cadtm.org/Llamada-a-una-movilizacion(スペイン語)

サンカラはクーデターで殺される一週間前、ブルキナファソの人々に向けた演説でこう訴えている。

「革命家を殺すことはできても、その思想までは殺すことはできない」

2012年10月13日、世界各地で「Global Noise」のアクションが呼びかけられた。バルセロナで行われたデモのスローガンは「No devem, no paguem! 私たちの借金ではないから、払わない!」。

アピールは次のように訴える。

「あなたたちが賭けをして、あなたたちが負けたのだ。私たちに借金はないし、払わない。民衆のためのサービスを促進するためではなく、この詐欺に責任がある人々の過ちのツケを払うために当てられた債務は不当な債務であり、市民によって支払われるべきではない。」13o―私たちの借金ではない!:RAMON BOOK PROJECTより)

革命家の思想は時空を超えて生きている。

参考:「世界で見捨てられているすべての人々のために語りたい」:トーマス・サンカラを偲んで(2008年10月15日)
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