「官業回帰」が批判の焦点なのか?--郵政改革法案(骨子)を巡るマスメディアの大混乱

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2010年3月19日東京・小石川郵便局でのストライキ。
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昨年10月20日の「郵政改革の基本方針に関する閣議決定」を受け、2月8日に「郵政改革法素案」が出され、3月24日には郵政改革法の骨子が、亀井静香金融・郵政改革担当相らによって発表された。民営化そのものが間違っていた、という立場に立つことのできないマスコミは、「官業回帰」や「民業圧迫」など、見当違いも甚だしい批判を性懲りもなく繰り返している。3月25日付の東京新聞の社説の見出しは「郵政改革法案 経営効率化は二の次か」。これもひどい。

郵政改革法案 経営効率化は二の次か(東京新聞3/25社説)

「郵政改革法案の骨子が発表された。見直しは国民の利便性向上が目的で、経営効率化が欠かせぬが、それが抜け落ちている。実質国有化や郵政関係者のための見直しではツケが国民に回されかねない。」

利用者の「利便性向上」がなぜ「経営効率化」と結びつくのか。むしろ逆である。「効率化」の名の下に公共サービスが切り崩される、というのが民営化の本質のひとつだ。

「郵便局を年金や旅券事務などを扱う行政サービスの拠点に位置づけたが、一方で貯金と簡易生命保険に全国一律サービスを課す見返りとして、これまで納めてきた年五百億円の消費税免除も盛り込んだ。これこそ国民へのツケ回しに等しい。」

郵便局を行政サービスの拠点にすることについては、自治体行政の仕事であり、郵便局がそこまでやる必要はないと思う。「官製ワーキングプア」を作り出す非正規臨時雇用ではなく、リビングウェイジをふまえた行政自治体による雇用確保が先決だろう。

その上で上記の「国民へのツケ回し」だが、そもそも全国一律の金融サービスの提供と消費税免除をバーターにすることがおかしい。国営・公社時代においてもユニバーサルサービスにかかる費用は税金に頼ることなく、郵政3事業一体の利益によって確保されてきた。もしそれでも足りなければ公共サービスにかかる費用として国の予算から支出することは当たり前のことだ。くだらない仕組み債を扱うために証券会社などにコンサル料や手数料を支払う金があるなら、ユニバーサルサービスの維持のために使うべきだ。民間金融機関のギャンブルのツケに一体どれだけの公的資金が使われてきたのか。それこそが庶民へのツケ回しではないか。

東京新聞の社説は、既得権益団体の特定局長会に対する改革を避ける鳩山政権を批判するが、そのすぐあとにこう続ける。

「法案とは別に非正規社員十万人の正社員化も打ち出した。派遣切りなどで揺れる雇用関係の安定化自体に異論はないが、年間三千億円余分にかかる人件費をどう捻出(ねんしゅつ)するのか。効率の高い店舗展開など、徹底した経営の効率化に努め、自らその費用を生み出す労苦に挑むべきだ。安易に国民負担に頼ることがあってはならない。」

雇用安定化の資金の捻出は、なにも郵政一人に限ったことではなく、多くの大企業でもおなじことが指摘できるだろう。非正規労働者の導入で大企業はぼろ儲けをしてきた。その結果、多額の内部留保を溜め込んでいる。非正規労働者の正規化の費用は、その内部留保を使えばよいのだが、ここでも大手メディアはその事実を避けながら、さらなる「経営の効率化」を叫ぶだけだ。

「おおさか社会フォーラム」のひとつとして開催されたワークショップ「=市民と労働者で考える=郵政改革」」のなかで、郵政ユニオンの松岡委員長は、日本郵政の各社は、公表されているだけでも多額の内部留保を持っていることを明らかにした。労働運動のたたかいによって切り開かれた「10万人規模の正規化」の費用は十分にある、と断言している。

郵便局が「効率の高い店舗展開」をしようとしたら、過疎地域などからの撤退は避けられないが、それでは一体何のための「改革」なのか分からなくなってしまう。公共サービスを維持・発展させるためには、働く現場での力関係を労働者に有利なようにすることが大前提であり、そのためにも不安定な雇用から安定した雇用に転換する必要がある。そのための費用は「安易な負担」などではない。

社説は経営形態についても不満を述べる。

「経営形態は持ち株・郵便・郵便局三社を統合して親会社とし、政府が重要決議を拒める三分の一超を出資、ゆうちょ銀行、かんぽ生命を子会社化する。民どころか限りなく官に近い。」

なんとも間の抜けた指摘だ。

しかし真に批判されるべきは、昨年10月20日の「郵政改革の基本方針に関する閣議決定」において、

「郵便貯金・簡易生命保険の基本的なサービスについてのユニバーサルサービスを法的に担保できる措置を講じるほか、銀行法、保険業法等に代わる新たな規制を検討する。」

としたにも関わらず、2月8日に郵政改革法素案では、ユニバーサルサービス義務を課されるのは郵便局・郵便事業のみで、ゆうちょ事業とかんぽ事業については「ユニバーサルサービスを提供する」ことに止まり(義務ではない)、「銀行会社、保険会社は、業法に基づく一般会社とする」と、大後退してしまったことである。

現行法ではゆうちょ、かんぽ会社の株式を2017年までに100%放出することが義務付けられていたが、3月23日の骨子では、ゆうちょ、かんぽ会社の株式を親会社が三分の一保有するという。

そもそも株式会社化すること自体が問題だが(後述)、この三分の一保有についても、安心はできない。というのも、2月8日の素案では、こう書かれているからだ。

「現行法は(ゆうちょ、かんぽ会社の)全株処分義務を課している。『完全売却もできる』という『できる規定』にすることで、1/3 超等の具体的な持株比率を明示することなく、現行法と異なる状況を生み出すことも一案。」

国会に提出される法案において、これがどのように条文化されるのかは分からないが、金融二社の株式を「完全売却もできる」などとさせてはならない。

東京新聞の社説は、最後に卑怯なレッテル貼りで締めくくられている。

「先細りの郵便事業を直視すれば改革は自らの痛みを避けて通れないはずだ。かつてのように一般会計からの財政支援にもたれ掛かる時代に舞い戻ってはならない。」

これではまるでかつての郵政事業が税金によって支えられていたかのようではないか。ここでいう「一般会計からの財政支援」とは、恐らく国債の利子収入のことを指しているのだろうが、それは郵政事業が自ら進んで行ったことではない。国営時代の郵貯、簡保資金はすべて旧大蔵省の資金運用部に預けられ財政投融資などの資金にあてられてきた。2001年の財政投融資制度改革以降は、自主運用に切り替えられていったが、郵貯や簡保単独で金融市場で好き放題に運用することなどは事実上不可能であり、国債での運用を「一般会計からの財政支援」などと言われる筋合いはない。

日銀から大量の資金を供給されている民間金融機関のマネーも大量に国債に流れている。08年1月に82兆9924億円だった銀行の国債保有残高は、2010年1月には126兆4557億円にまで増加している。東京新聞は、バブル経済のギャンブルのツケを庶民に回した民間金融機関による大量の国債保有を、「一般会計からの財政支援」などと批判するだろうか。

お金の流れを「官から民へ」という郵政民営化の目標は、世界的な経済危機のなかで、正当性がなくなっている。マネーゲームというギャンブルのツケを税金や公的資金によって支払わせた民間金融機関のあり方は、「官」よりも「民」のほうが効率的だ、などという放言を許さない。「あるべき民営化」などという戯言にいたっては言わずもがなである。

郵政事業に改革が不要である、ということではない。雇用形態をはじめとする「もうひとつの郵政改革」が必要だ。国債発行が支えてきた大量生産大量浪費による経済システムの行き詰まりは、人びとの雇用や生活、そしてこの惑星の存続そのものを危機的な状況にまで追いやっている。

昨年10月20日の閣議決定から、2月8日の素案への大後退の理由は、同閣議決定のなかにある「株式会社形態を維持する」という理念が大きく影響している。長期的な利益ではなく単年度ごとの、あるいは各決算期ごとの損益と「株主様」への奉仕がなによりも重視されるのが株式会社だ。それは公共サービスの理念とは相容れない。その点についてはまた別な機会に触れたい。

(参考)2010年2月8日の郵政改革法(素案)に対する郵政労働者ユニオンの見解
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