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震災被害者とブラック・ジャコバンたちに情熱と思いを寄せて~ハイチ大地震と債務帳消し

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ハイチ革命当初には「自由、さもなくば死」と書かれた旗が掲げられた

震災による被害で死者が20万人を上回るというカリブ海の国、ハイチ。日本を含む世界各地から救援や援助が始まっている。

具体的な情報や支援ができるわけではないが、「途上国」とよばれる国々に押し付けられてきた債務問題を細々とではあるが追って来たブログとしては、国際社会がいますぐにでもできる「支援」として、ハイチが負わされてきた債務の帳消しを一切の条件をつけずに実施することを呼びかけることで、いま悲惨な状況にあるハイチの人びとに、すこしでも関心を向けてもらえないかと願う次第だ。

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創作児童文学作家の乙骨淑子さんの作品に『八月の太陽を』がある。世界で初めて黒人による独立革命を成し遂げたハイチ革命を扱った作品だ。この作品は、フランス革命の熱気を受けて、とおく西インド諸島のフランス植民地で当時はサンドマングと呼ばれていたハイチの地で1791年に蜂起した黒人奴隷たちを指導し、1802年に奴隷制を復活させたナポレオン軍の罠によって捕らえられ、翌年スイスとの国境にあるジュラ山脈のフランス領ジュー山城の石牢で獄死したトゥーサン・ルーヴェルチュールを主人公にしている。物語はトゥーサン・ルーウェルチュールが獄死した時点で終わっているが、自由のために蜂起したハイチ民衆の闘いは1804年11月のヴェルティエ-ルの戦いでフランス軍を敗北させ、勝利する。

だが、自由を求め、ナポレオン軍と闘い、そして独立を達成した世界最初の黒人による共和国の苦難はその後も続く。乙骨淑子さんは、「おわりに」で次のように述べている。

「この物語は、これで終わります。このあと(トゥサン獄死後:引用者)、フランス総司令官のロシャンボーはジャマイカ島に逃げのび、1804年、フランスはハイチ島の主権すべてを黒人にわたし、ここに世界ではじめての黒人独立国がきずかれました。私がそこまで書かずに、この物語をトウセンの死んだ1802年までとしたのは、独立国になったものの、それから160年以上もたった現在でも、なおハイチ島はその頃の黒人たちが願っていたほんとうの独立国になっていないためです。」

「今のハイチ島のデュバリエ大統領は、選挙の時には、投票用紙に自分の名前を入れ、投票した者すべては彼に賛成をしたということにしてしまったりしているのです。」(同書300頁)
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『八月の太陽を』が書かれたのは1966年。ハイチでは1957年に大衆的蜂起で権力の座についたデュバリエ大統領が秘密警察トントン・マクートなどをつかって独裁政治を行っていた時代だ。

ハイチ革命とトゥーサン・ルーヴェルチュールを扱った『ブラック・ジャコバン トゥーサン=ルーヴェルチュールとハイチ革命』(C・L・R・ジェームズ著/青木芳夫 監訳/大村書店)の著者、C・L・R・ジェームズは「補論」でデュバリエ政権をこう批判している。

「トルヒーヨ(ハイチの隣国ドミニカ共和国の大統領で独裁者:引用者)が去ったいま、ハイチのデュバリエがラテンアメリカにおける野蛮行為の無冠の帝王である。デュバリエ政権の腐敗と無法ぶりにもかかわらず、政権にとどまっていられるのは、ひとえに米国による支持のおかげである、と広く信じられている。米国は、第二のカストロの出現よりも、デュバリエのほうを選好している」(同書403頁)

デュバリエ独裁政権は、恐怖だけでなく、「不公正な債務」をハイチ民衆に押し付けた。不公正な債務とは、貸し手の側の必要から貸し付けられたものや、独裁政権によってつくられた債務(=国民に返済の責任はない)などをまとめてこう呼んでいる。総じて、援助や借款の恩恵を受けなかった民衆には、債務返済の義務はない、という主張のもとになる考え方である。第三世界債務帳消しネットワーク(CADTM)がまとめた「債務・貧困・格差データ2009」では、デュバリエール父子独裁時代(1957-1986)の間に蓄積された不公正な債務は8億ドルに達し、2006年時点で12億ドルの債務が残っているとしている。さらに86年時点でデュバリエール一族には9億ドルもの資産があったと報告されている。

ハイチに生きる現代の「ブラック・ジャコバン」たちは、独裁者が去った後も度重なるクーデターだけでなく、この独裁者が残していった債務による苦難を背負うことになった。

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途上国の債務帳消しについては、近年のG8サミットなどでも華々しく宣伝された(HIPCイニチアチブ、多国間債務救済イニシアチブ等)。しかしこのG8やIMF/世銀による「債務帳消し」が、IMFや世銀のおしつけるあらたな構造改革路線の実施を受け入れ、かつ一定の実績が上がったうえでなければ、認められない、という極めて狡猾な政策であることは、当ブログでも訴え続けてきた。

途上国債務問題をわかりやすく解説した『世界の貧困をなくすための50の質問』(ダミアン・ミレー、エリック・トゥーサン著/大倉純子 訳/つげ書房新社)では、G8やIMF/世銀によるまやかしの「債務帳消し」を次のように批判している。

「これ(G8による債務帳消し:引用者)はほんの限られた数の最貧国を対象に、対外債務を『持続可能』なものにしようとする以上の目的を持っていません。」「(IMFや世銀は)この一見寛大なイニシアティヴを、いままで以上に厳しい構造調整を押し付けるために利用しています」(同書130頁)

実は、ハイチは、このG8やIMFによる債務帳消しの対象国になってきた。ハイチは、債務帳消しのために、IMFや世銀に承認された経済政策を続け、そして2009年7月に、12億ドルのIMF債務の帳消しの承認を受けたところであった。

US$1.2 Billion Debt Relief Approved For Haiti(英語)

だが、この債務帳消しのために、ハイチは多大な犠牲を払ってきた。2004年に「ハイチ支援暫定枠組み」というG8諸国やIMF・世銀などによる債務帳消しを含む援助策が話し合われた。そして2006年11月に債務帳消しの対象国となることが認められた。そして2009年7月までの3年間、IMFや世銀のお墨付きの構造調整政策を実施してきたことが認められ、やっと12億ドルの債務削減を実施されることになったのだ。しかしそのうちIMFの債務については2004年の約束時点までの債務分しか帳消し対象にならない。債務削減を承認してもらうために、IMF・世銀のプログラムを実施しなければならず、そのために更なる借り入れが必要になる。ハイチは2006年、2008年、2009年に、IMFから約1億7800万ドルの融資が了承されている。これは削減対象にはならない。債務を削減してもらうためにさらに借金をしなければならないのだ。

だが、不公正な債務、という観点からみれば、ハイチの債務はデュバリエールの独裁政権を維持し、私腹を肥やすために、人々に押し付けられたものでもあることから、この不公正な債務を「ブラック・ジャコバン」たちが引き受けなければならない理由は何もない。

ましてや、巨大な震災の被害に遭い、10万人とも20万人とも言われる犠牲者を出したいま、一切の条件をつけずに、ハイチの債務を帳消しにすること。G8諸国、IMF・世銀、米州開発銀行にはなによりもそれが求められる。そしてIMF・世銀・米州開発銀行に理事や総務などをおくりこみ、アメリカに次ぐ経済的影響力をもっている日本政府は、ハイチに対する債務帳消しを率先して主張すべきである。

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トゥーサン・ルーヴェルチュールは、フランスから押し寄せたナポレオン軍を前に、見方の兵士達をこう激励した。

「彼らは自由を約束しているが、ほんとうはあなたがたを隷従させようと企んでいます。あなたがたをふたたび鎖でつなぐためでなければ、なぜこんなに多くの船で、大洋を越えてやってきたのか。彼らはあなたがたを軽蔑して従順な幼児のように見なし、彼らの奴隷となることを承知しなければ、あなたがたを叛徒と見なすでしょう。」(『ブラック・ジャコバン』303頁)

「彼ら」を「IMF・世銀」に、「多くの船」を「援助資金」に入れ替えると、まさにこのかんのハイチを物語っているようだ。帝国主義のやり方はナポレオンの時代から連綿と引き継がれている。

だが引き継がれているのは、それだけではないだろう。1963年に追加して書かれた『ブラック・ジャコバン』の「補論」の最後はこう締めくくられている。

「トゥサンは、その情熱のために自分の生命を賭して試みた。この情熱は、耐えがたいまでに引き裂かれ、ねじまげられ、引っ張られながら、そのうえ毒薬を注射されながら生きつづけ、そしてフィデルが革命を開始したときその心のなかによみがえった。それは西インド(=カリブ:引用者)の情熱であり、西インド人の情熱である。この情熱のために、最初にしてもっとも偉大な西インド人であるトゥサンは、生命を賭したのである。」(同書、412頁)

ハイチ震災被災者とブラック・ジャコバンたちに情熱と思いを寄せて


ハイチの債務についてはこちらも参考になります(英語ですが)
Institute For Justice & Democracy in Haiti
http://www.ijdh.org/articles/article_recent_news_2-10-08menu.html
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