誰がために鐘は鳴る--日銀による銀行保有株式買い取りの再開

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ニューヨーク株式市場のオープニング・ベルを鳴らす奥田碩トヨタ会長(当時)1997年

10月25日の「日経」朝刊では「銀行保有株 買い取り再開」「日銀にも要請へ」「公的資金枠も拡充」の大きな見出しが、「円急騰 一時90円台」「日経平均7649円に急落」という見出しとともに一面を飾った。

ニューヨーク株式市場は312ドル安の8378ドルという5年半ぶりの終値で、取引終了を告げる鐘が鳴り響いた。各国政府や市場関係者にとっては悪夢の鐘となった。

政府、日銀の銀行保有株買い取り再開の理由は、止めどない下落を続ける株価安定と金融機関の経営健全化を後押しするためだという。「安定」や「健全化」などとはほど遠い金融市場に対する必死の悪あがきとも言える。

政府によるこの株価対策に効果があるかどうかはおくとして、ここで取り上げたいのは「物価の安定」や「信用秩序の維持」を掲げる日本銀行が、民間企業である金融機関が保有する株価を購入することに問題はないのかということである。

「再開」というのだから前例もある。すこし時代をさかのぼってみよう。

2002年9月17日、日銀の政策委員会は民間銀行の保有する株式を買い入れる、という日銀120年の歴史始まって以来前例のない政策を決定する。中央銀行が民間の保有する株式を購入するという事態は世界的に見ても前例がなかった。

当時の報道では、各紙が「禁じ手」として日銀の異例の措置を報じた。イギリスの経済紙「フィナンシャルタイムス」では「日銀はルビコン川を渡ることを決定した」と報じた。

その前年の2001年11月に銀行が保有する株式の総量を制限する「銀行株式保有制限法」が制定され、金融機関が保有する株式の売却が行われ続けたことで日経平均株価が1万円割れを続けていた。

日銀は、この底の見えない株価下落を下支えするために、銀行保有株式の購入を決定した。購入された株式は最長10年程度は売却をしないという「塩漬け」状態にされた。

この措置によって民間金融機関は、株価下落というリスクを日銀に転嫁することができた。日銀は買い入れた株式の下落に備えて準備金(後に引当金に変更)を計上することになるので、その金額分が国庫へ納付されなくなる。これはまるまる庶民の「負担」となる。

イラク開戦直前の2003年4月28日、日経平均株価は7607円88銭というバブル崩壊後の最安値を更新する。その間、日銀は株式市場最大のプレイヤーとなり株を買いまくって株価下落をなんとか押しとどめようとした。その後、日経平均株価は回復していった。日銀は2004年まで銀行保有株式を買い続け、買い取り終了時点の取得価格は2兆円に達した。

日銀はそれまでも、ゼロ金利、多額の国債購入、量的金融緩和など、市場にマネーをあふれさせるあらゆる措置をとり続けてきた。銀行保有株式の買い入れという「株価操作」に踏み切ることは「禁じ手」といわれるが、それにはそれまでの政策と同じ意図があった。

株式買い取り政策の目標について当時の日銀はこんな風に語っている。

「金融システムの安定を確保するとともに、金融機関が不良債権問題の克服に着実に取り組める環境を整備するとう観点からも、喫緊の課題である」

その意図するところは明らかである。「貸し渋り」や「貸し剥がし」などで苦境にあえいでた中小民間企業などへの資金供給を絶ち、倒産に追い込む不良債権処理のための軍資金を民間銀行に提供する、ということである。

これが今回「再開」されようとしている日銀の銀行株式買い取りの前例である。

日銀は買い取った株式を市場で売却してきたが、未曾有の金融危機をうけて開かれたG7の行動計画を受けて、10月14日に日本政府は保有する株式売却を凍結すると発表し、日銀もそれに歩調を合わせた。

そして銀行保有株式購入の再開である。「禁じ手」によってルビコンを渡ったはずの日銀は、ルビコンの中州で足止めを喰らい、あふれかえるマネーの氾濫におびえ続けながらも、「階級支配の道具」の一員としての役割を放棄しようとはしない。

10月24日、政府は2兆円の公的資金枠を含む金融機能強化法改正案を国会に提出した。同日、日経平均株価は引けの投げ売り状態で7648円にまで落ち込んだ危機的状況をうけて、政府は2兆円枠の大幅な拡大を含む追加支援策を検討している。同改正案は28日から衆院本会議で審議されることになっている。

週末のニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均の終値は2003年4月以来の安値を記録した。ニューヨーク株式取引所では、9:30の取引の始まりと16:00の終わりに鐘が打ち鳴らされる。いまルビコンの中州にいる人々は、その不吉な鐘の音色に戦々恐々としながらも、それがいずれかは収奪者による宣戦布告の鐘の音に変わることを夢見て止まないだろう。

Attacはこれまで投機マネーをふくむ通貨取引に課税をもとめてきた。97年のアジア通貨危機の再来に警鐘を鳴らしてきた。日本において通貨取引税が実現していたならば、円キャリーの無政府的な流入と略奪的引き上げによってもたらされたアイスランドや新興国の危機をいくらかは避けることができただろう。これほど破滅的なマネーの逆流をもたらすことはなかっただろう。わたしたちはさらに強く強くこの鐘をかき鳴らさなければならない。

カジノ資本主義延命のための金融機能強化法改正案にNO!の鐘を。金融サミットにNOの鐘を。水平線の彼方からこんな鐘の音が聞こえてくるまで。

「資本主義的私有の最後を告げる鐘が鳴る。収奪者が収奪される。」――資本論 第24章第7節
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