一党独裁+新自由主義が世銀のモデルに---世銀副総裁兼首席チーフ・エコノミストに中国の林毅夫教授が就任

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2月4日、世界銀行のゼーリック総裁は、北京大学教授で、中国経済研究センターの林毅夫氏を、世界銀行副総裁および首席チーフエコノミストに任命した。就任は5月31日からとなる。

今年は中国の「改革・開放」政策が始まって30年目になる。林氏の世銀副総裁就任は、この「改革・開放」政策が歩んできた「長征」を象徴する出来事といえるだろう。

「改革・開放」政策がはじまって間もない1980年に中国は世界銀行のメンバーになった。その後、世界銀行の各年度の融資(承認ベース)は、88年の15億ドル突破まで拡大し続けたが、89年の民主化運動弾圧によって、90年には、世界銀行グループの中で貧しい国を支援する国際開発協会(IDA)からの5億ドルを少し上回る融資のみに激減した。だが翌91年には、あっという間に15億を上回り88年の水準を回復、その後90年代全体を通して毎年20~30億ドルの融資が続けられてきた。2007年6月30日までに、世界銀行による中国への融資は承認ベースで422億ドル、284のプロジェクトのうち、現在70プロジェクトが実施中である。

2006年5月23日付けの「世界銀行:国別パートナーシップ戦略 中華人民共和国2006~2010年」では、世界銀行の業務の重点として、まず最初に次のように提起されている。

「中国経済と世界経済の融合を促進する。:多国間経済機関に対する中国の関与を深化させ、対内および対外的貿易・投資障壁を緩和し、中国の対外発展を援助、支援する」

世界銀行こそが、中国の「改革・開放」政策の重要な共演者であった、といっても過言ではないだろう。

ところで、この林氏とはどのような人物なのだろうか。林氏の経歴はすこし変わっている。1979年に当時、厳しい対峙関係にあった台湾から泳いで中国に「亡命」し、その後、北京大学に入学、82年に修士課程を修了し渡米。シカゴ大学、エール大学を経て、1987年に中国に帰国し、政府機関に入って、改革・開放政策にかかわる仕事に専念していく。林氏の経歴は『中国を動かす経済学者たち』(東洋経済新報社2007)第八章およびその抄録である以下のサイトに詳しい。

□世界銀行のチーフエコノミストに任命された北京大学の林毅夫教授(中国経済新論)

このサイトを読んでもらえれば分かるが、林氏は「『新自由主義者』とも『新左派』とも一線を画しており、実質上『開発的独裁』を進めている中国共産党と政府に近い。」

「近い」というよりも、むしろこれまでの改革・開放政策を、これこそが経済発展の成功の鍵である、という形でまるまる擁護している。ブレトンウッズ体制の主導する新自由主義政策によって崩壊してきた他の途上国と比べて、政府の強力な介入のもとで市場経済モデルを導入してきたことを良しとするスティグリッツ教授の主張と近いものがある。

だが、林氏などが持ち上げる、そして世界銀行が共演者となって進めてきた改革・開放の歴史とその行き着いた先はどのようなものなのか。

官僚統制経済からの転換から始まった改革・開放政策は、89年の民主的変革をもとめた学生・労働者の希望を銃と戦車で押しつぶし、東欧ソ連邦崩壊後の新自由主義グローバリゼーションに合流することで、世界的にも突出した経済成長を持続させてきた。多くの外資を受け入れるだけでなく、エネルギー産業や金融機関など、国家の支援を受けた強力な大企業が相次いで世界市場に打って出ている。

その一方、都市部では3千万ともいわれる国有企業労働者を街頭に投げ出し、農村部からは農業では食っていけない何億もの農民が現金収入を求めて「世界の工場」を大移動する。失業や低賃金長時間労働、あるいは無法な地方政府による土地囲い込みに抗議する労働者や農民の抵抗は、「人民警察」「人民解放軍」によって、無慈悲に弾圧される。権力の横暴を訴える活動家は「国家転覆罪」で拘束され、法律に定められた労働者の権利を宣伝する活動家は、正体不明の暴漢に襲撃され瀕死の重傷を負う。

これが改革・開放の行き着いたいまの姿である。一党独裁と新自由主義グローバリゼーションのハーモニーがこれほど心地よく多国籍企業の耳に響き渡る国はそうないだろう。

林氏にその直接の責任があるかどうかは分からないが、影響力のある知識人として、現政権の進めてきた一党独裁+新自由主義政策を支持し続けてきたのだから無関係だとはいえないだろう。

それは世銀をはじめとするブレトンウッズ体制の危機が色濃く反映した人事だともいえるだろう。世界第三位の経済規模にまで膨張し、アフリカ資源の争奪に名乗りを上げ、アメリカ、旧ソ連以外では始めて有人宇宙飛行を成功させた中国を包摂しなければ、資本主義体制を維持させることはできない、というアメリカをはじめとする帝国主義諸国の危機感の表れでもある。

ゼーリック世銀総裁は、昨年12月、中国を訪問し、温家宝首相と会談し次のように語っている。「世界銀行が中国との協力を強めることは、中国の発展プロセスの推進に役立つだけではなく、世界銀行の発展の理念を豊にし、ほかの発展途上国の参考になる」。

たしかに世銀やIMF、そして多国籍企業にとっては、このような一党独裁+新自由主義グローバリゼーションは「ほかの発展途上国の参考なる」ということなのだろう。

かれらは、過剰生産のツケや生産過程からあふれ出たマネーを「援助」というオブラートに包んで押し付けた。上手に相手国の指導者を堕落・腐敗させ無用ともいえる「援助」を押し付けてきた。そして、債務返済という名の下に、貧しい国々からカネや資源を巻き上げてきた。国家予算の30%や40%も借金返済に充てなくてはならない国々の中には、耐え切れなくなり「もう返せません!」とさじを投げようとしたが、IMFや世界銀行、各国の金融機関などは、サラ金が債務者を骨までしゃぶりつくすように、構造調整プログラムという新自由主義政策をさらに押し付け、南の国々を搾り取ってきた。

南の国々の人々の怒りとたたかい、そしてそれに連帯する北の人々の取り組みは、新自由主義グローバリゼーションの推進エンジンであるこのブレトンウッズ体制に粘り強く抗議の声を上げ、債務の帳消しを訴えてきた。その声に押され、そして「持続可能な債務返済」システムをもくろむ金持ち諸国やIMFや世界銀行による債務削減提案が相次いだ。重債務貧困国(HIPCs)イニシアチブ、エビアンアプローチ、多国間債務救済(MDRI)イニシアティブなどだ。

それは結局のところ、ブレトンウッズ機関による政策の失敗を物語っているに過ぎない。それは粘り強く抗議を続けてきた南の諸国の人々にとっては自明の理である。「もうたくさんだ!」「IMF/世銀はいらない」という労働者、農民、先住民の声が、世界中で一秒たりとも止むことなく続いてきた。ベネズエラやエクアドルなどでは人々の声に押し上げられた政府が世銀やIMFからの離脱を表明している。

危機に瀕するブレトンウッズ機関の正当性をいかに保持し続けるか。そこで白羽の矢が立ったのが新自由主義グローバリゼーションの優等生である中国の知識人だった、ということなのだろう。独裁と新自由主義のグローバリゼーションは今後ますます複雑に有機的に融合していくだろう。

わたしたちは、「改革・開放」政策30周年のこの年に、希望と連帯のグローバリゼーションの端緒を、中国やアジアのみんなとともに、つかみとりたいと思う。
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